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名言格言

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                            【人名検索】調べたい人名で検索できます。収録人数3967。収録語録数21833(2018年8月13日現在)

浜矩子語録

浜矩子(経済学者)語録17件


「思えば、スーパーマンこそ若さの象徴だ。若くて強い。若いから強い。若さ任せの幼稚な正義感。あるのは、それだけ」


「スーパーマンがアメリカで生まれたのもうなずける。あの姿とふるまいは、実に戦後間もないころのアメリカそのものだ」


「バベルの塔はご存知の通りだ。旧約聖書に登場する。人間たちが、天まで届く塔の建設を目論んだ。その傲慢さに激怒された神様が、人々から共通言語を奪われた。お互いに言葉が通じなくなったので、超高層タワーの建設工事は中止せざるを得なくなった」


「スカイツリーが、神様の顰蹙を買わないでよかった」


「スイスの地図上の位置が何ともいえない」


「まわりを大国に囲まれている。そして四方八方、見渡す限り、回りはユーロ圏加盟国ばかりである」


「それなのに、スイスはユーロ圏はおろか、EUにさえ加盟していない」


「スイスは世界でも有数の豊かな国となっている。GDPの規模はドイツの18%強に達している。一人当たりGDPでみると、ドイツの1.3倍というポジションにつけている」


「ヒト、モノ、カネが国境を越えて移動する。そのことが、国民に対する国家の頼り甲斐やサービス提供力を低下させている」


「頼り甲斐やサービス力が低下した国家は、国民から見放される」


「その結果、ヒト、モノ、カネはますます大挙して国境を越えていく」


「クラメラとは何か。ギリシャ神話には、『キメラ』という生き物が登場する。頭はライオン。体は山羊。尻尾は蛇。ハイブリッドな妖怪である」


「クラメラは、その親戚か。さにあらず」
注釈:クラメラは浜がつくった造語であり略称である


「『暗くめらめらと燃え』、略して『クラメラ』である。暗いが熱い情念の国だ。その名は、スペインである」


「クラメラ国家から学ぶべきものは何か。それは不屈の魂だろう。いかなる圧政にも屈しない。いかにもみ消そうとする力が大きくとも、メラメラと燃え続ける情念の炎」


「ラテン系ということで、スペインとイタリアはしばしば同質視されがちだ。ラテン系は楽天系。とかく、そんな感じで括られる。だが、実はスペインとイタリアはかなり違う」


「イタリアは明るくさんさんと燃える。それに対して、スペインの燃え方は暗くめらめらだ」


経歴(プロフィール)
■浜矩子(はま・のりこ)
日本の経済学者。同志社大学大学院ビジネス研究科専門職学位課程教授。専門は「国際経済学」「国際金融論」「欧州経済論」。著書『分裂する欧州経済 - EU崩壊の構図』『最新EU経済入門 - 迷走するマーストリヒト後の欧州』など多数。1952年8月3日生まれ
  1. 2018/07/04(水) 08:21:56|
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西村康稔語録

西村康稔(衆議院議員)語録13件


「しがらみを断ち切る勇気がこの国を救う」


「日本はどんどん沈んでいってしまっている気がしてならない」


「みんな『変えなければいけない』ことはわかっているのに『変えられない』。しがらみにがんじがらめになってしまい、『リスク』を取ることができない」


「変える『勇気』がない」


「日本社会では、自分の金の使い道を自分で決められない。ここでも自立、リスクを取るということができていないのである」


「自分でこういう文化事業に寄付したい、あるいは福祉の事業に寄付したいと思っても、それに対して税制が貧弱である」


「寄付にかかる税金はどうなるかというと、簡単にいってしまえば、国が税金を集めて、国が使い道を決めてしまう」


「長い目で見れば、『リスクを取れる』『チャレンジする』『自分で考える』人材を育てるための教育改革、『人と異なること』を奨励する教育改革を実現することが不可欠である」


「政治がリスクを取り、本気でしがらみを断ち切るために大胆な施策を行わないと、経済はよくならないし、金融機関は生まれ変わらない」


「過去のしがらみは最大の障害となっているのである」


「通産省に勤務していたあるとき、先輩の某局長から『西村君、アメリカは世界の人事部長だからね。このことは、よく頭に入れておくように』といわれた。要は、出世しようと思ったら、アメリカの顔色をうかがい、その意向に沿った政策をつくるように、とのアドバイスなのである」


「確かに、私が地球環境問題の交渉に携わったときも、日本政府は、まずアメリカの政策や方針を聞いた」


「スイスにしても、インドにしても、台湾にしても、したたかに、そして、戦略的に外交を進めている。日本に欠けているのは、この『したたかさ』『戦略的思考』である」


経歴(プロフィール)
■西村康稔(にしむら・やすとし)
日本の政治家。衆議院議員。1962年10月15日、兵庫県明石市で生まれる。実家は時計店で、父親はサラリーマン。神戸大学附属明石中学校、灘高等学校、東京大学法学部卒業。通商産業省入省。代議士秘書を経て、2003年、衆議院議員に初当選
  1. 2018/06/30(土) 00:00:14|
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松藤民輔語録

松藤民輔語録15件
(ジパング創業者)


「勉強とは常識からの自由と解放、常識からの卒業の方法である」


「1929年の恐慌では、日本の政財官界の人々が大好きなジョン・メイナード・ケインズ先生が株式投資で大損をしている」


「世紀の大学者も株式投資にはまって結構な理論を唱えていたにもかかわらず大きな穴をあけていたのだ」


「なぜ人は投資が好きで財産を失うのか。しかも、ほとんどワンパターンで繰り返している恐慌を研究してきたのにだ」


「実は繰り返し引き起こされる恐慌は、『今回だけは新技術と斬新的な政策で防げるのだ』
と過去の出来事を古い遺跡と勘違いしてきた。しかし、これは防げるものではない」


「1873年の巨大な馬とは列車のことであり、世界的な鉄道が建設され、アメリカの西と東は鉄道で連結される夢が株式市場でブームをつくり、銀行は人々に金を貸した、『この夢の株を買え』と」


「国にも会社にも個人にも貸しまくり、株を買わせた」


「そして、株価がピークを打つと、借金の債務整理、国の債務整理で、当時の代表格スペインとボリビヤが破綻した」


「1929年にそれはラジオ、自動車、電信電話、ナイロン、石油の発見がそれぞれのブームをつくって株価は大バブル。狂気の買いで株価が天井を打つと大暴落」


「高橋亀吉たちの勉強を踏まえ、恐慌的時代の変化を日々、週次、月次で調べてきた現在。過去の恐慌サイクルにあるパターンが存在していることを発見した」


「時代は予測不能である、と訴える多くの人々から訣別し、透視する感性を磨けば、いつ銀行が倒産するか、中国のバブル崩壊や、その存在の軽さが見えてくる」


「ほんとうに成功をものにするのは、いつの時代も『コントラリアン(あまのじゃく)』だけのようである」


「コントラリアン、平たく言えば、みなと同じことをしない、堂々とわが道を行く、投資の世界でいえば『逆張り』だ。大多数の人々と同じことをしていれば、失敗しても弁解できるだろうが、成功したところでリターンは少ない」


「ゴールドダッシュもそうだった。ラッシュに突入する直前、金を採掘するより、金を採掘する連中の欲しいものはなんだろう、と考える人間がいた。彼はスコップやテントを買い占めて並べて一財産をつくった」


「採掘現場で働く男たちのズボンがいつも破れていたので、そこらへんにあったテントを利用して、キャンバス地のズボンをつくってひと儲けした若者もいる」


経歴(プロフィール)
■松藤民輔(まつふじ・たみすけ)
【1955年~2017年】日本の実業家。株式会社ジパング代表取締役社長兼最高経営責任者。福岡県出身。明治大学経営学部卒業。著書『黄金の国ジパング―脱大恐慌』『投機的時代の研究―マネーサバイバルを生き抜く大逆転の発想』など多数
  1. 2018/06/27(水) 07:54:46|
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西野朗語録

西野朗(サッカー)語録12件


「国際舞台は自分の限界を見極める場所ではないし、あくまでもプロセス」


「僕は勝だけでは気に食わない」


「サッカーは判断スポーツ」


「そのうち入る3点目はなんて無い!」


「3点とられても4点とって勝つ」


「常に柔軟に物事を決断していく力を持たなければいけない」


「継続していく力だけでは駄目で、変化させていくことが必要」


「個性ってその選手にしかないものだから、それを見抜いてどう引き出すか」


「代表チームはクラブの監督と違う」


「殴られたら殴り返すスタンスではなく一方的に殴り続けたい。奇麗な顔で終わりたい」


「当然、攻撃的な思考で得点を生んでいくゲーム展開にはしたいが、それだけではない。ウィークポイント、ストロングポイントがどこにあるか。それを考えたうえで、できれば攻撃的にいきたい」


「私は新人の監督ではありませんし、これまでにも色々な経験をしています。そのうえでグランパスの歴史を踏まえ、新しいサッカーを構築したいと思っています」


経歴(プロフィール)
■西野朗(にしの・あきら)
日本のサッカー選手、サッカー指導者。1955年4月7日生まれ。埼玉県浦和市(現・さいたま市)出身。現役時代の主なポジションはミッドフィールダー(MF)。FIFAワールドカップロシア大会で日本代表を率いた。Jリーグ。著書『勝利のルーティーン 常勝軍団を作る、「習慣化」のチームマネジメント』『挑戦―ブラジルを破るまでの軌跡』
  1. 2018/06/24(日) 21:35:15|
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渡邊祐介語録

渡邊祐介語録7件
(松下幸之助研究家)


「かえすがえす残念なことが一つあります。それはドラッカーと松下幸之助が面識を得ることがなかったということです。お互いの著作がそれぞれベストセラーとなりながら、直接意見交換の場がつくれなかったのは、今にしてみれば不思議であり残念なことでした」


「松下が挙げるリーダーシップの代表的な特徴は、『率先垂範』『高潔な人格』『みずからの欠点の周知』『愚痴のいえる部下を持つ』といった言葉で表現されます」


「『率先垂範』は、人に先立って模範を示すことにほかなりません。しかし、ただやみくもにリードすることがよいというわけではありません」


「松下は部下に任せても、いつでも自分が率先垂範する、身を挺して事に当たるという気迫を持つことの大切さを説きます」


「元来、事業部制組織は、資本主義の本場アメリカで誕生しました。アメリカの経済史の大家アルフレッド・D・チャンドラーによれば、1920年代にデュポンやゼネラル・モーターズといった主要なビッグ・ビジネスが形成される過程で、何万人もの従業員を機能的に動かすのにもっとも適した組織として収斂し、定着したとしています」


「日本では1908年(明治41年)、岩崎久彌が三菱合資会社において、現場にコストマインドを徹底させるため、銀行部、造船部、庶務部、鉱山部、営業部、炭坑部といった各部へ、一定の資本枠を与えるなどの権限の委譲を断行し、いわゆる事業部制組織をとりました」


「ただ製品別事業部制組織を採用したという点では、松下電器の事業部制組織は日本ではもっとも早い試みだったといえるでしょう」


出典『ドラッカーと松下幸之助』


■注釈
アメリカの事業部制組織と松下の事業部制組織は全く違う背景で形成されたという。アメリカは大企業組織の合理化の結果として形成されたのに対して、松下は従業員が1500人程度の規模で行われた。また、松下の事業部制組織は日本で初めてと思われがちだが、それより前に三菱合資会社で、製品別ではないが事業部制組織をとっていたというのは新たな発見である


経歴(プロフィール)
■渡邊祐介(わたなべ・ゆうすけ)
松下幸之助研究家。日本経営史。1986年、筑波大学社会工学類卒業。PHP研究所入社。松下幸之助関係書籍の編集プロデュースを手がける。紀要『松下幸之助研究』を企画編集。松下理念研究部主任研究員、研究部長、研究出版事業部長、研究企画推進部長を経て、経営理念研究本部本部次長
  1. 2018/06/21(木) 23:02:29|
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