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石田退三(トヨタ自動工業元社長)語録

石田退三(トヨタ自動工業元社長)語録全4件



自分の城は自分で守れ
「産業人としての私の信念は『自分の城は自分で守れ』ということ。これが石田退三の『一枚看板』である。ここでいう、城とは、むろん会社をさす。自分の会社のことは自分で責任を持とう、人にたよらず自力で守っていこう、ということなのだ。私も80の年を迎える。佐吉翁の大精神の伝令役として、あるいはトヨタの大番頭として、豊田城を守って40年。トヨタに関する限り、すでにやるだけはやった」


「わたしの信念は『ひとたび自分があずかった会社は、絶対に発展させなければならない』というものだ。その点が、オミコシ経営にアグラをかくサラリーマン経営者とは、本質的に異なるような気がする」


商人には商売の道がある
「商売道なぞというと、いかにも時代遅れのセンスにみられようが、たとえどんな時代にあっても、このことを忘れて経営は成り立たない。武士に武士道があるごとく、商人には商売の道がある。それは、世界に共通するビジネス・ルールなのである」


「トヨタは輸出面でも『自力本願』のマーケティングである。各社が輸出市場の開拓を総合商社に依存したのに対し、トヨタだけは最初から自販自身の手で切り拓いてきた。自動車のマーケティングには独特の知識がいる。販売一つとっても、アフター・サービスや部品の補給がつきもの。これらを他人(商社)に依存していては、とてもユーザー本位の商売はできない。トヨタは伝統的に『自力本願』の気風が強い。これも佐吉翁の遺産の一つだが、ものごと万時、他人任せではダメである。たとえ回り道をしてでも、自分の力でやっていけば、最後は必ず勝つ」



関連サイト
トヨタ経営語録集
http://bit.ly/ytAZ9J
偉人のエピソード逸話集 
http://bit.ly/xlkcNu


石田退三(いしだたいぞう)経歴(プロフィール)
1881年~1979年(明治21年~昭和54年)トヨタ自動車工業元社長。愛知県生まれ。滋賀県立第一中学卒。名古屋の服部商店で豊田佐吉と出会い、昭和2年に豊田紡織に入社。重役となるが、自動車産業への本格参入に反対。昭16年に豊田自動織機の常務に就任。昭和23年社長。昭和25年にはトヨタ自動社工業社長を兼任し、労使紛争を収束。朝鮮特需に対応して合理化を推進し、自前の資本と技術による乗用車量産体制を確立。昭和36年会長に、昭和46年相談役に就任。90歳で没。



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  1. 2011/10/11(火) 13:07:33|
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