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萩原吉太郎語録

萩原吉太郎語録 全3件



「昭和3年2月、大雪の降った日だったが、なんの前ぶれもなしに出社(三井合名に)した・・・調査課へ行けというので、おっかなびっくりはいっていった、とりあえず入社したときにすわった机の前にいってみたら、チリ一つとどめず、きちんと二年前のままになっていた・・・一生ここで働こうと決心した」
注釈:大学を卒業して三井合名に入社したもののわずか4日後に肺尖(かいせん)カタルで2年間療養生活を送ることになってしまった。そして体は良くなったが、半ば辞めるつもりで恐る恐る出勤した萩原であったが、思いのほか感激させられる。



「社長に就任したころの石炭業界は上向きにあったが、私は逆に警戒した。現状に酔っていてはいけない。世界のエネルギー情勢から遠からず石炭は斜陽産業になる。どんどん重油に食われていくだろう。これはもう単なる景気の問題ではなくて、燃料革命だ。いま適切な手を打っておかねば命取りになると考えた」
注釈:将来に向けて化学原料としての新しい道を開拓していこうと考え、石炭化学研究所を設立したり、安定した売上を得るために10年の長期契約を結ぶなど社長に就任すると次々と対策を打っていったが、「これから上がろうとしているのに自ら炭価を押さえるのは無茶苦茶だ」と業界内では批判された。今にしてみれば萩原の先見性は実に正しかったといえる。


「会社の財産は人間である。自己を捨てて会社のために尽くそうという人がたくさんいることは、私としては本当に心強い」


関連サイト
偉人のエピソード逸話集 
http://bit.ly/xlkcNu


萩原吉太郎(はぎわらきちたろう)経歴(プロフィール)
明治35年~平成13年(1902年~ 2001年)千葉県生まれの実業家。北海道炭礦汽船社長・会長。埼玉で育ち、慶応義塾大学卒業後、三井合名に入社。その後、北海道炭礦汽船へ移り、人事部長、常務などを経て社長・会長を務める。夕張新鉱開発を進めた。炭鉱業が斜陽化し始めたのちは、北海道不動産(現・グランビスタホテル&リゾート)や札幌テレビ放送(STB)などの設立に従事した。
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  1. 2012/08/04(土) 23:31:18|
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