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団琢磨語録

団琢磨語録全4件



「石炭山の永久などということはありませぬ。(石炭が)なくなると、いま市となっているのが、また野になってしまう。これは何か三池の住民の救済の法を考えておかぬと始末につかぬと、自分は一層この築港に集中した。築港をやれば、そこにまた産業を起こすことができる。都会としてメンテーン(維持整備)するについて、築港しておけば百年の基礎になる」
注釈:団は産業や企業と地域との関係について優れた見識を持っていたといる。この先見性によって三池炭鉱を核としたわが国有数の石炭コンビナートが形成された。


「自己の使命を自覚し、堅固不動の自活的精神をもって事にあたれば、天は自ら助くる者を助くること、もとより疑いのなきことである」


「世の中のことはピカピカした勲章をもらうとか、巨万の富を積むとか、そんなことはどうでもよいではないか。人間は自分がやるだけのことをやればそれでよいのだ。物は成るように成る。くよくよ心配するにはおよばぬ」
注釈:鉱山技師から身を起した団は三井財閥を牽引し、財界リーダーにのぼりつめたが、明利には恬淡(てんたん)、自ら名誉や地位を求めることはしなかった。


「私は本学で人生の戦いに対する指導を受けた。私が学んだ最も重要なことは自己啓発だ。真理を正しく追及した結果として生じる自己啓発。賢明な粘り強さと自制を伴った自己啓発だ。私はすでに電気以前の世代(旧世代)に属するため、今後の進歩の松明を皆さんに渡す。これからの時代を築くのは科学技術の精神を備えた皆さんの手にかかっている」
注釈:団は大正10年に経済視察団の団長として欧米を回り、ボストンの母校MITに立ち寄った。大学はその日の全講義を中止。歓迎集会には3千人が集まったとされる。その時の団の挨拶がこれ。


関連サイト
偉人のエピソード逸話集 
http://bit.ly/xlkcNu


団琢磨(だんたくま)経歴(プロフィール)
安政5年~昭和7年(1858年~1932年)三井合名理事長。福岡県出身。明治4年の岩倉具視使節団一行とともに渡米。マサチューセッツ工科大学(MIT)鉱山学科を卒業。専門学校や大学の教師を務めたあと工部省入りし三池炭鉱開坑長。同炭鉱の払い下げで三井に転じた。大正3年、持ち株会社の三井合名理事長。多角化で三井を大財閥に育てる。一方日本工業倶楽部の初代理事長、日本経済連盟会(現・日本経団連の前身)の初代会長を務めた財界のリーダー。昭和7年3月、テロ集団の血盟団員に襲われ死去。
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  1. 2012/07/30(月) 21:02:57|
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