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中島知久平語録

中島知久平語録全1件



「貧乏国日本が列強並みに建艦競争をつづけるのは、国費のムダづかい。そんなことをしていてはやがて行き詰る。能率的軍備に発想を切り替え、二艦隊(軍艦八隻)をつくる費用で、八万機の航空機を作るべし」
注釈:大正3年、知久平は航空機界視察のためフランスに派遣されるが、その直前に建白書を提出した。その中の一節で富裕国のみが可能な戦艦を建造するよりは、戦艦に致命的な打撃を与えられる飛行機を作る方が賢明であると指摘した。



関連サイト
創業者(日本)語録集 
http://bit.ly/OcUwdW


中島知久平(なかじま・ちくへい)経歴(プロフィール)
明治17年~昭和24年(1884年~1949年)わが国史上、最大の軍需工場・中島飛行機(のちの富士重工業)の創始者、実業家、政治家。大正・昭和初頭にかけて国防思想の主流となった「大艦巨砲主義」に異を唱え、はやくから「航空機主義」を主張し、大正7年、35歳の時、みずから民営航空機企業をつくった。群馬県新田郡の富農に長男として生まれ、明治33年17歳で家出を敢行。独学により海軍機関学校に入学、明治40年代はじめより憑かれたように航空機の研究に熱中した。第2次大戦中の名機「隼(はやぶさ)」「疾風(はやて)」「鍾馗(しょうき)」など、いずれも中島製作所の手になっている。しかし、敗戦とともにA級戦犯に指定され、自宅拘禁。その後、戦犯指定を解除されたが、財産凍結の措置を受けたまま脳溢血で没した。
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  1. 2012/07/19(木) 21:10:24|
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