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ホイットニー・ヒューストン語録

ホイットニー・ヒューストン語録全22件



「歌って、歌って、もっと歌うのよ」
注釈:将来どんなことをやりたいか聞かれて。


「わたしは今でも自分のやりたいことができ、さらに楽しめることは、謙虚に名誉なことだと感じているの」


「シンガーになると決めたとき、ママからは、これからもっと一人ぼっちになるわよ、と警告されたわ。基本的にエンタテイナーは皆そうなのよ。エンタテイナーの人生に、孤独は付きものよ」


「私は恋する女。そして、彼も私に恋しているの。なぜって? それは彼を家に繋ぎとめておくあらゆる理由を、私が(彼に)与えているからよ」


「ねえ、私はこれを望んだわけじゃないの。注目されることやプライバシーを侵害されることを。この立場にはつきものだってみんな言うわ。でも私は違うと思うの。そうあるべきでもないと思うのよ」


「名声を予期して心の準備をしたり、備えたりするってできないのよね。名声というものは、一度手に入れなければ、その使い方、対処の仕方なんか決してわからないのよ」


「もし私が本当にレズだったら、そうね、少なくともちゃんと女性が好きだって言うだけの誠実さを持ち合わせていると思いたいわ」


「人に出会うと、その人の印象を取り込むけれど、でもそれは印象にしか過ぎないのよ。それはその人の一部分であり、全体像ではないの。私はいつもスパンコールをあしらったガウンに身を包んでいるわけじゃない。私は誰かの天使だというわけでもない。私だって下品でやかましくなることがあるわ。私だって猥雑になることもあるの」


「私の私生活は私だけのものよ」


「セクシーであるということについて、そういった要素がどこから生まれるのかについて私はこう思っているの。それは持っているかいないかのどちらかだって。後から身につけることのできるものじゃない。内面から生まれてこなければならないのよ」


「レコードを売るためにセックスを使いすぎると、焦点がぼやけてしまうと思うの。(セックスは)音楽になくてはならない一種の官能的な魅力ではあると思う。でも私はレコードを売るために自分の性的魅力を利用しようとは思わない。私のレコードは、レコードそれだけの魅力で売れると思うわ」
注釈:マドンナに対して


「私はロマンスというものを信じているわ。でもロマンティックであると同時に現実的であるということは可能だと思うの。私は男の人と座り込んでお話をして、彼のことをもっとよく知るようになりたいと思うわ。だって結局、長続きする人間関係の礎は、それがどんな関係であろうと、相手の人間が何を求めていて、信じていて、そしてその人がどんな人かを知ることなのだから」


「歌う声と喋る声はまったく別の楽器なの」


「名声があったって人気があるとは限らない。むしろ名声は人を危険な状態に置くのよ。自分を愛してくれる人も大勢できるけど、自分を憎む人も大勢できる」


「お金なんて何も解決してくれない。むしろ悩みを作りだすのがお金なのよ」


「私は祈りを信じているし、それが物事を変え、それがあるかないかで人生は大きく違ってくると思う。神との結びつきが近ければ近いほど、自分自身に近づくことができるし、自分らしく生きることができるし、少なくとも幸福を見つけることができるのよ」


「私は名声なんてほしいと思ったことはない。母親は名声をほしがってる。でも私は歌いたいだけ」


「名声って、測りしれないほど高くつくものなのね」


「名声というのは、計画して獲得できるものではないわ。それを手にしたら受け入れるしかないものなのよ。問題はそれをどう扱うか、自分の観客をどう感じるか、彼らがどう感じるかなの。私はただ歌いたいだけ」


「子供達が私達の未来であることを信じよう。子供達を上手く教え、彼等を正しく導こう。彼等の内にある美しいものを、彼らにすべて見せてあげよう」


「とにかく、始めることが行動の原動力であり、始めさえすれば、それだけで行動の半分を達成したことになると思うの」


「少なくとも自分の信じるようにした結果であり、失敗しようと、成功しようと、誰の影も踏んで歩かないと決心した」


関連サイト
芸能界(世界)語録集
http://bit.ly/ZHNOBt


ホイットニー・ヒューストン経歴(プロフィール)
【1963年~2012年】アメリカの歌手、女優、元ファッションモデル。ニュージャージー州生まれ。10代の頃にモデルとして活動、チャカ・カーンらのバックボーカルを務めるなどして頭角を現す。1983年に敏腕プロデューサーのクライヴ・デイヴィスの目にとまり、アリスタ・レコードと契約。翌年にはテディ・ペンダーグラスとのデュエット曲がヒット。1985年にデビューアルバム「ホイットニー・ヒューストン」]をリリースし、いきなり爆発的人気を獲得する。1992年、ケビン・コスナーと共演した初主演映画「ボディガード」が公開され、成功を収める。享年48。
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  1. 2012/06/17(日) 05:51:38|
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