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山内溥語録

山内溥(任天堂3代目社長)語録全6件



「運です。運が良かったんです。それをこの結果は俺の経営がうまかったんだとか俺に力があったんだなんて思うと、もう駄目ですね。運です」
注釈:インタビューで、世界で成功した理由を問われて。


「市場調査?そんなことしてどうするんですか?任天堂が市場を創り出すんですよ。調査する必要などどこにもないでしょう」


「異業種には絶対手を出すな」


「娯楽という分野は、つねに従来と異質のものを開発しなければならないのです。つまり改良の程度ではダメです。このビジネスの世界は一日かかって説明しても、なかなか理解してもらえないのではないかと思うほど難しい」


「借金をすることがいかに惨めなことかを痛切に感じた。借金をしないことだけは集団指導体制になっても申し送りたい」


「ヒット商品をつくる秘訣なんてない。ただいえることは、ある種の能力があって、ひたすら目的に向かってそればかり考え続けておれば、いつか花がひらくときがくる。気持ちを持続しておくことが大切」



関連サイト
名経営者(日本)語録集
http://bit.ly/NElxeK


山内溥(やまうち・ひろし)経歴(プロフィール)
【1927年~2013年】任天堂創業家出身で3代目社長。本名は山内博、50歳のときに「溥」へと改名する。京都市生まれ。早稲田大学法学部に進学するが、2代目社長の祖父の急死によって、状況は一変。1949年、大学を中退し、22歳の若さでトランプ・カルタメーカーの3代目社長に就任した。これが現在の任天堂である。山内はゲームウォッチでヒットを飛ばすと、さらに家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」を発売。これまでに観たことのないゲーム機は市場で熱狂的に迎えられ、ソフトと同時に爆発的に売り上げを伸ばした。その後もゲームボーイ、スーパーファミコンとハード機を次々と投入。任天堂は日本だけではなく、世界的なテレビゲームメーカーへと成長を遂げた。2002年5月に山内は引退し、3代続いた一族経営を断ち切った。
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  1. 2012/04/03(火) 07:13:44|
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