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金子直吉(鈴木商店代表者)語録

金子直吉(鈴木商店代表者)語録全5件




事業は鉱山で金を掘るようなもの
「事業は、鉱山で金を掘るようなものである。どこまでも堀り続けねばならない。そうすれば金が出なくても、最後には温泉ぐらいは出てくるであろう」


「この戦乱の変遷を利用して大もうけをなし、三井、三菱を圧倒するか、しからざるも彼らと並んで天下を三分するか、これ鈴木商店全員の理想とするところなり。小生、これがため生命を5年や10年縮小するもさらに厭(いと)うところにあらず」
注釈:第一次世界大戦ただ中の1917年(大正6年)11月、金子直吉が鈴木商店ロンドン支店長の高畑誠一(後の日商→旧日商岩井→現双日の創業者)に送った毛筆の手紙の一節である。いわるゆ「天下三分の宣言書」と言われるもの。


「商人は物品の評価人であれ」


「商売は、つねに十字街頭に立ったつもりで決断し、断行せよ」


「人の頭(かしら)に立ち、大将になることを希望するなら、一にも二にも、三にも人を上手に使うことだ。人は境遇の産物だ。勢いに乗れば怯者(きょうしゃ)も勇者となるし、勢いを失えば勇者も怯者となる。各人の長所を捉(えら)んでこれを適所に配し、これをして迸(ほとばし)り出ずる各自の勢いに任せ、自然に奮戦力闘せしむる。これが人使いの要諦だ」


関連サイト
偉人のエピソード逸話集
http://bit.ly/xLH35E


金子直吉 (かねこなおきち)経歴(プロフィール)
1866年~1944年(慶応2年~昭和19年)旧鈴木商店代表者。土佐(高知見)生まれ。苦学力行ののち明治19年鈴木商店に入店。初代店主没後、未亡人よねの推挙で大番頭となり、三井、三菱と並ぶ巨大企業グループへと発展させた。昭和2年の昭和金融恐慌で台湾銀行とともに破綻。主家の再起を期すが、不偶のままで77歳の生涯を閉じた。神戸製鋼所、帝人、旧日商岩井(現双日)、豊年製油(現J-オイルミルズ)、石川島播磨(現IHI)、クロード式窒素工業(現三井化学)、帝国麦酒(現サッポロビール)等は元々鈴木商店の関連会社であり全て金子直吉が種を蒔いた事業である。
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  1. 2011/09/27(火) 17:19:29|
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