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藤原璋子

藤原璋子(ふじわらのしょうし/たまこ)略歴
【1101年~1145年】平安後期の国母。鳥羽天皇の中宮で、崇徳・後白河両天皇の母。女院号は待賢門院(たいけんもんいん)。夫と法皇の対立に振り回された中宮。閑院流(かんいんりゅう)藤原氏の流れを汲む藤原公実(きんざね)の子。7歳の時に父を亡くし白河法皇の養女となり、1117年(永久5年)に鳥羽天皇に入内。翌年には中宮となり、五男二女をもうける。ところが、多くの子に恵まれて円満に見えた夫婦生活は、実際には形だけのものであった。幼少時から白河法皇の寵愛を受けていた璋子は法皇と男女の関係にあり、入内後も二人の関係は続いたとされる。こうした背景から、鳥羽上皇の長子である崇徳天皇は白河法皇の子と疑われ、父から「叔父子」と呼ばれて疎んじられるようになった。白河法皇が死去すると、強力な後ろ盾を失った璋子は宮廷から遠ざけられるようになり、代わって藤原得子が鳥羽上皇の寵愛を受けるようになる。その後、近衛天皇の死に関する呪祖事件に璋子の関連がささやかれるようになり、宮廷での立場を完全に失った。そして出家して仏門に入る。


関連サイト
平清盛関連資料一覧
http://bit.ly/zfxOTL
平清盛の妻
http://bit.ly/xoh4KH
清盛と時子
http://bit.ly/GE2JTT
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  1. 2012/03/02(金) 20:19:32|
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