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平清盛と日宋貿易

平清盛と日宋貿易


平清盛は日宋貿易を推進したことで知られる。貿易立国日本というビジョンを日本の歴史上初めて打ち上げた人物は清盛といってもいいであろうが、元々宋国との貿易に力を入れたのは父親の忠盛の時からであった。古代から中世にかけて多くの荘園が生まれ、その中でも最も大きな荘園が「神崎荘」(現・神埼市)であったが、忠盛は、鳥羽上皇の信任が厚かったことから、神崎荘の預所となり管理に当たった。この神崎荘は東シナ海に近いことから、宋国の船舶が入港していた。ここに目をつけ忠盛は宋国との貿易を独占しようと策略を練る。そして朝廷の出先機関・太宰府に対して「大宰府は神崎荘に来航した宋船に関わってはならない」という内容の院庁の偽の下文(くだしふみ)を勝手に作成して官僚に提示し、太宰府の関与を阻止した。院庁の下文は上皇の院庁が発する下文を指す。現代なら公文書偽造に問われるところであるが、その当時、忠盛は鳥羽上皇の「北面の武士」として重きをなしていたことから、鳥羽上皇の側近で大宰権師(だざいふごんのそつ)(大宰府の長官)の藤原長実(ながざね)ですら、忠盛の行為を不問に付す他はなかった。平家は日宋貿易を通じて巨万の富を得たとされる。


関連サイト
平清盛関連資料一覧
http://bit.ly/zfxOTL
平家盛 死去(死亡) http://bit.ly/Hh99cS
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  1. 2012/02/25(土) 09:19:18|
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