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後藤新平語録

後藤新平(東京市第7代市長)語録5件



「今は経営者にしても気宇広大な奴がおらん。この軽井沢あたりも君のような若い者が50年ぐらいの計画で開発したらいい」
注釈:後藤新平がまだ30歳にもみたない青年、堤康次郎(西武グループ創業者)に言った言葉。この後藤のアドバイスで軽井沢の開発をしたことが西武王国を築く土台となった。


「人は日本の歴史に50ページ書いてもらうより、世界の歴史に1ページ書いてもらうことを心掛けねばならぬ」


「金を残して死ぬのは下だ。事業を残して死ぬのは中だ。人を残して死ぬのが上だ」


「妄想するよりは活動せよ。疑惑するよりは活動せよ」


「人のお世話にならぬよう 人のお世話をするよう そしてむくいを求めぬよう」
注釈:晩年は「自治三訣」を説いてまわった


関連サイト
■関東大震災から帝都を復興させた政治家(全7話)http://bit.ly/wnpLA4
■最大の経済対策は人を育てることであるhttp://bit.ly/y0elfq
■ベンチャー企業を支援した政治家後藤新平http://bit.ly/ACJzyp


後藤新平(ごとう・しんぺい)経歴(プロフィール)
1857年~1929年(安政4年~昭和4年)都市計画の先駆者。南満州鉄道総裁、外務大臣、東京市長歴任。陸中国胆沢郡塩釜村(現岩手県水沢市)生まれ。1874 年福島県須賀川医学校に入学。1881年愛知県医学校長兼病院長。1890年ドイツに留学。1892年帰国。内務省衛生局長に就任。1898年台湾総督府民政局長、後に民政長官に就任。1906年南満州鉄道初代総裁に就任。1908年逓信大臣に就任。初代の鉄道院総裁を兼務。1916年内務大臣兼鉄道院総裁。1918年外務大臣就任。1920年東京市長就任。1923年内務大臣兼帝都復興院総裁に就任。関東大震災から帝都をいち早く復興させてその名を歴史に残す。71歳で没
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  1. 2012/02/13(月) 18:43:56|
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