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大谷米太郎(ホテルニューオータニ創業者)語録

大谷米太郎(ホテルニューオータニ創業者)語録全5件



「私の人生は、よく他人に七転び八起きの人生のように言われるが、外見には波乱に富んだ人生のように見えても、私自身としては階段を一段一段上がっていったもので、私は未だかつて転んだことはない」


「私はこの『履歴書』を記すにあたって、若い読者諸君に言っておきたいことがある。それはたった今から、収入の一割を貯金したまえ、ということだ。私の『履歴書』は、このタネ銭を残すことのできない人にはわからない話である。タネがなくては、芽も出てくるまい」


「自分の苦労してつくったタネ銭もなく、親の財産や他人の財産をアテにしているような人間に、ロクな人間はいない。また、そうした人間の事業がうまく行こうはずもない。自分の腕を磨くにはともかく、このタネ銭を持たなくてはできないものだ」


「苦しみながらタネ銭をためていくと、そこにいろんな知恵、知識が生まれてくる」
注釈:この米太郎のタネ銭哲学は、彼の人生哲学であり多くの人々に影響を与えた。


儲け主義で再建するのではない
「会社が潰れれば、従業員は生活に困るだろうし、機械などの緒設備は廃物になってしまう。私が多くの倒産会社の再建に手を出したのは、私の腕で、こうしうた人と物が救済できるなら・・・という男気からである」
注釈:戦中、戦後にかけて米太郎は潰れた会社を8つばかり面倒をみている。金儲けが目的という世間の一部の声に対して、金儲けが目的ならいい会社の株を買い占めて乗っとればいいと反論。



関連サイト
大谷米太郎の知られざる逸話
http://bit.ly/wsEdJh


大谷米太郎(おおたによねたろう)経歴(プロフィール)
1881年~1968年(明治14年~昭和43年)ホテルニューオータニ創業者。富山県西砺波郡正得村(現小矢部市)生まれ。明治44年上京して荷揚げ人足を経て相撲界に入る。大正2年鷲尾獄酒店を開業。大正4年合名会社東京ロール旋削除を設立。昭和15年大谷重工業設立。以降、他分野に進出したあと、昭和39年ホテルニューオータニ設立。昭和37年富山県立大谷技術短期大学創立。86歳で没。著書に「私の履歴書」(日本経済新聞連載、昭和39年3月)


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  1. 2011/09/25(日) 10:19:41|
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