FC2ブログ

名言・語録・格言

名言の王国へようこそ

                            【人名検索】調べたい人名で検索できます。収録人数3971。収録語録数21867(2018年9月6日現在)

多川俊映語録

多川俊映語録9件
(大本山興福寺貫首)


「興福寺の造営は天平時代の710年(和銅3年)の平城京遷都とほぼ同時に始まった」


「発願したのは時の権力者で公卿の藤原不比等公」


「中金道は壮麗な伽藍の中核だが、戦火や落雷などの大火で7度も焼失して今回が8度目の再建。七転び八起きだ」


「42歳で貫首に就いて今は71歳。中金道の復興がずっと心の真ん中にあって、困難や課題を乗り越えてきた。落慶は感無量である」


「総工費は約60億円。各方面から支援や寄進をいただいた」


「興福寺は藤原家の氏寺で葬式はしない。入山料はいただかず、お堂の中の寺宝の拝観料が頼りだ」


「今は文化財保護のため中に入れないが、当時はお金をいただいて五重塔の最上階まで登らせていた」


「父は寡黙な人だった。少々短気で意に染まらないことがあると機嫌が悪かった。酒好きで、戦中、懇意の医師から医療用の純度100%のアルコールをもらって水で薄めて呑んだという」


「父が貫首になったのは1954年のことだ。前任の板橋良玄大僧正は戦中の1942年から戦後の大変な混乱期で、寺が最も困難な時代を乗り越えられた」



経歴(プロフィール)
■多川俊映(たがわ・しゅんえい)
日本の法相宗の僧侶で、大本山興福寺貫首・法相宗管長・帝塚山大学特別客員教授。1947年3月6日生まれ。奈良県奈良市出身。立命館大学文学部哲学科心理学専攻卒業
スポンサーサイト
  1. 2018/11/03(土) 07:27:49|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<安藤百福語録 | ホーム | 武田邦彦語録>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://meigennooukoku.net/tb.php/4366-a40c2324
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)