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田中角栄語録集(日中国交正常化編)

田中角栄語録集(日中国交正常化編)全5件



「確かに異論はあるでしょう。しかし日本の将来を考えますと、この日中国交回復は避けて通ることができません。困難な課題ではありますが、内閣の総力をあげて取り組む所存であります」
注釈:首相就任直後の記者会見で。


「中国、アメリカ、ソ連など、世界情勢は激動しています。そんな中で日本の生きる道は平和外交の推進しかありません。しかも中国は日本の隣国なんです。もし日本が真剣に平和を目指すなら、中国との国交回復は必然的なものでしょう」注釈:首相就任直後の記者会見で。


「総理大臣というのはな、就任した時が一番、力がある。世論の後押しがある。ここで一気呵成に成し遂げなければ、もう出来るチャンスは永久に逃げてしまう」
注釈:秘書の早坂茂三に何故そんなに日中国交正常化交渉を急ぐのか聞かれて。


「毛沢東と周恩来。この二人は死線を何十回、何百回と超えてきているつわものだ。会社でいえば創業者みたいなものさ。彼らが元気なうちに決めなければな。それにアメリカが先にやってしまったらどうなる? 日本はもう用済みになってしまうじゃないか」
注釈:秘書の早坂茂三に外交はタイミングが大事と上のように語った。


「中国へは命懸けで行く。生きて帰れないかもしれない。でもな、命なんか惜しくはないよ。夜中にふと目を覚まして思うことはただ一つ、いつも国家と国民のことだけだ」
注釈:秘書の佐藤昭子にこう吐露した。



関連サイト
田中角栄俯瞰情報インデックス
http://bit.ly/xFenGU


田中角栄(たなかかくえい)経歴(プロフィール)
1918年~1993年(大正7年~平成5年)内閣総理大臣(第64・65代)。新潟県刈羽郡で誕生。二田尋常高等学校卒。1934年、理化学研究所の大河内正敏所長を頼りに上京。住み込みなどを経て、建築設計事務所を開く。1936年、中央工学校土木科卒。1947年、2度目の立候補で衆議院議員に初当選。郵政相、蔵相、自民党幹事長、通産相を歴院。1972年、第64代内閣総理大臣。1976年、ロッキード事件で逮捕される。75歳で没
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  1. 2012/01/25(水) 06:58:57|
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