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小林一博語録

小林一博(ジャーナリスト)語録7件


「自民党は、野党を丸め込むために、普段から飲み食いさせ、贈り物攻勢をかけ、ときには麻雀に負けたふりをして現金まで配った。このための費用は内閣官房の機密費から実におうように流用された」


「社会党はそれまでも北朝鮮のテロや日本人拉致をムキになって否定し、北朝鮮の代弁者を務めてきた」


「社会党は、朝鮮戦争のあとから、『日朝の唯一のパイプ』を自称してきた。しかし、実態は北朝鮮の言いなりになっただけだった」


「金日成、金正日親子が、起死回生の策として考えたのが、核兵器と弾道ミサイルという大量破壊兵器の開発だ。それに巨額の資金を必要とする」


「ここから北朝鮮は、社会党一辺倒だった対日窓口を自民党に切り替える。ソウル五輪のあった1988年ごろのことだった」


「万年野党の社会党は、国会の内外で北朝鮮の代弁役を務め、北朝鮮に不利な政策を牽制するには役立ったが、政府から巨額の『カネ』を引き出す力量はない」


「田辺は、北朝鮮の了解を取ったうえで、『日本が唯一国交のない北朝鮮との硬直した関係を打開するのはあんたしかいない』と、金丸を口説いた」


出典『北朝鮮利権の真相』(宝島社)


■注釈
1990年9月、元副総理の金丸を団長として、田辺誠(日本社会党)らは北朝鮮を訪問した。金丸と金日成は、日本語を用いて差しで対談を行った。しかしやり取りが文書として残っていないため、一体何を話したのかは謎のままである。自民党の実力者であった金丸が訪朝するまでの経緯が、『北朝鮮利権の真相』を読むとよく分かる。金丸と田辺の関係は、家族ぐるみの付き合いであったことを、金丸は著書『立ち技寝技(私の履歴書)』で書いている


経歴(プロフィール)
■小林一博(こばやし・かずひろ)
日本のジャーナリスト。朝鮮半島の専門家。東京新聞論説委員。1940年、北朝鮮で生まれる。早稲田大学第一法学部卒業。中日新聞社(東京新聞)入社。大垣支局、川崎支局、社会部などを経て、政治部で首相官邸、自民党、防衛庁などを担当。この間、ソウル特派員を2回。初めての南北離散家族再会、板門店での南北会談などを取材。1991年に論説委員。政治、朝鮮半島を担当
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  1. 2017/06/12(月) 21:54:57|
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