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大橋洋治語録

大橋洋治語録8件
(ANAホールディングス11代社長)


「当時、サハリンや北方領土で日本人を取り巻く状況はもっとも悲惨なものだった。決して大袈裟ではなく、あの頃の私たちは明日を生き抜けるかどうかもわからないような日々を必死に重ねていた」
注釈:大橋は1940年、中国の満州で生まれている。戦争を経験している最後の世代の経営者といえる


「当時、ハルビンを支配下に収めていたのは現在の中国人民解放軍の前身の一つとされる八路軍(はちろぐん)だ」


「ハルビンには蒋介石率いる国民革命軍や、八路軍などが入り乱れていた。なかでも一番厄介な存在はソ連軍だった。ソ連兵たちは我々が持っている物を目ざとく見つけては『ダワイ、ダワイ(寄こせ)』と言ってくる」


「それに比べて、この地域を支配していた八路軍の兵士たちは皆、丁寧な若者ばかりで、怖い印象を抱くことはなかった」


「私たち母子を匿(かくま)い、面倒を見てくれたのも父の事業が軌道に乗っていた頃、雇っていた中国人の知り合いにあたる人だった。そうした経験が私の中国への想いを今なお、強くしている」


「道中、船内で命尽き果て、水葬される人も少なくはなかった。それでも私たち母子は何とか生き延び、無事に博多港に到着し、再び日本の地を踏むことができた。年の瀬も迫った1946年11月18日のことだった」


「全日空にとって『育ての親』とでも呼ぶべき岡崎嘉平太元社長を乗せた第一便が成田空港から北京に向かっていった、その日を私は忘れることはない」
注釈:2代目社長(1961年~1967年)の岡崎嘉平太は、周首相ら中国要人から多くの敬愛を集めたという


「夢は追い続けてこそ実現する」


経歴(プロフィール)
■大橋洋治(おおはし・ようじ)
日本の経営者。ANAホールディングス株式会社11代目社長。セブン銀行取締役。株式会社テレビ東京ホールディングス社外取締役。1940年1月21日生まれ。岡山県高梁市出身。慶應義塾大学法学部卒業
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  1. 2017/04/03(月) 08:46:14|
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