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加賀山之雄語録

加賀山之雄(国鉄2代総裁)語録7件


「私は推理小説を書くつもりで推定する」


「当時国鉄は12万名の人員整理という大問題に4つに組んでいた時であった。人員整理は、むろんのぞましいことではなかった」


「私はおそらく末広旅館の下山氏は替玉だと思う。旅館の人々も下山氏を知っているわけではない。それらしき替玉を使えば容易にごまかせるというものだ」


「私がこの日以来今日まで考え続けていたことは、下山さんは殺されたのだということである」


「私は下山氏の屍体が発見された時直ちに、殺されたな、と直感したことだ」


「しかし、私は下山総裁の死は徒死ではなかったと思う。この事件を契機に国鉄の大整理も漸次進行して無事終了した。そしてこの大整理以後は、今まで組合に押されて来ていたアプレ経営陣も腰を据えて会社の建直しに力を入れ始めた」


「その意味でこの年は日本の経済が立直る契機を作ったエポック・メーキングな年でもあった。だから下山総裁の死は貴重な犠牲であったのであり、そう思うことによって下山総裁も僅かに慰められるところがあるものと密かに思う次第である」


注釈
■1949年7月5日朝、初代国鉄総裁下山定則が出勤途中に失踪、翌7月6日未明に死体となって発見された

事件発生直後から自殺説・他殺説が入り乱れた。1964年7月6日に殺人事件としての、公訴時効が成立し、未解決事件となった

いわゆる「下山事件」は、その後に発生した国鉄関連の「三鷹事件」、「松川事件」とあわせて「国鉄三大ミステリー事件」と呼ばれる

加賀山は他殺説を主張した。他に他殺説を主張した有名人に、作家の松本清張がいる。他殺の根拠、理由の詳細は著書『日本の黒い霧』で述べている


経歴(プロフィール)
■加賀山之雄(かがやま・ゆきお)
【1902年~1970年】日本の鉄道官僚、第2代日本国有鉄道(国鉄)総裁(在任1949年-1951年)。力道山の後援者としても知られ日本プロレス協会理事を務めた。福井県大野郡大野町(現在の大野市)生まれ。東京帝国大学法学部法律学科(英法)卒業
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  1. 2017/03/24(金) 22:40:40|
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