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肥沼信次語録

肥沼信次(偉人医)語録6件


「日本の自然科学の研究者たちは、ヨーロッパの仲間たちに匹敵」


「もはや弟子ではなく同等の研究者として活動できることを、誇りに思ってよいのである」


「日本人が一から行ったと評価されている業績もたくさんある」


「湯川は理論的な熟慮に基づいて、本当に新しい最重要な素粒子を発見したことを疑う者は、もはやいない。この発見は、自然科学分野において、日本が一から成し遂げた業績の、とくに重要な一例であるといいたい」


「日本は前世紀に根本的な政治変革があり、ついにはヨーロッパ文明を自分のものにし、役立てるようになった。そしてまたヨーロッパの学問を、とりわけ自然科学を受け継ぎ、自らこの分野の調査研究を始めた」


「我々はヨーロッパ自然科学を生み出したのと同じ能力を、日本民族も前々から持っていたと考える」


■出典
『大戦秘史・リーツェンの桜』舘沢貢次(著)

■注釈
肥沼(こえぬま)は「日本人の中の日本人」といえる存在である。当時のドイツはヒットラーの『わが闘争』が広く読まれていた。著書の中に一切の人間文化、技術、芸術、科学の成果はほとんど独占的に、アリアンの創造的所産であると書かれていた。ナチス・ドイツの科学者はヒットラーの『わが闘争』を盾に、あらゆる欧州科学はアリアン、ドイツ思想の結実であると決めつけていた

そんな中、肥沼(こえぬま)は、たった一人で日本人の優秀性をドイツでどうどうと訴えた。これこそ真のサムライである

そして、肥沼は自らの命と引き換えに多くのドイツ人のチフス患者の生命を救った


経歴(プロフィール)
■肥沼信次(こえぬま・のぶつぐ)
【1908年~1946年】日本の医学者。第二次世界大戦後のドイツで医療活動に尽力した。1908年10月9日、東京の八王子で生まれる。日本医科大学から東京帝国大学放射線研究室へと進む
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  1. 2017/02/05(日) 19:37:10|
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