名言格言

名言の王国へようこそ

                            【人名検索】調べたい人名で検索できます。収録人数3929。収録語録数21304(2017年12月10日現在)

高橋亀吉語録

高橋亀吉(経済評論家)語録8件


「講義録はつねにポケットに入れて、店務の寸暇を惜しんで勉強した」
出典『私の履歴書 文化人15』(日本経済新聞社)


「便所の時間も惜しんだ習慣で、いまでも、便所に新聞雑誌を持ち込んでいる」
出典『私の履歴書 文化人15』(日本経済新聞社)


「夜間は11時、12時まで、零下10何度の寒さにもめげず勉強した」
出典『私の履歴書 文化人15』(日本経済新聞社)


「フリー・ランサーの経済評論家生活は、日本においては、おそらく私がその開拓者であった」
出典『私の履歴書 文化人15』(日本経済新聞社)

■注釈
若かりし頃、高橋亀吉は働きながら、寸暇を惜しんで勉強していたことがうかがえる。後に石橋湛山と並ぶ、日本の民間エコノミストの草分け的存在となる下地はこの時に培われたといえよう


「英国人の言動の多くは世界的視野のものであるが、日本人のそれは、せまい日本的立場のものであり、特に経済政策においてそうであった」
出典『私の履歴書 文化人15』(日本経済新聞社)


「東亜共栄圏構想を通じて、われわれ日本人の政策研究の視野の目が、自己中心のせまいものから、広く世界的(少なくとも東亜的)立場において、モノを見、考えることに、はじめてひらかれた」
出典『私の履歴書 文化人15』(日本経済新聞社)

■注釈
日本は過去の歴史において、世界戦略を一度も持ったことのない国である。亀吉の証言をみても、経済政策においても世界的視野を持っていなかったことが分かる。大東亜共栄圏が初めて世界的視野を持った構想だったといえよう


「終戦後の最大課題は、敗戦で崩壊したわが経済を、どうして再建するかであった」
出典『私の履歴書 文化人15』(日本経済新聞社)

■注釈
戦後は、「国民を飢えさせない」この一点で、政治も、財界も、経済学者も一致し皆で難局を切り抜けたといえよう


「アダム・スミス以来の経済学がピンチに陥った、というけど、経済学の教祖であるアダム・スミスはどうやって経済学を勉強したのか、教祖なんだから、参考文献などあるわけがない。多分、アダム・スミスは、まず現実にぶつかり、それと真正面から取り組んで、この中から論理を導き出し、完成させたに違いない。私は自分の著述の中で他人の学説をほとんど引用したことがない。私は、優れた学者の理論に基づいて、自分の論理を組み立てていくということをやらないから引用する必要がないのだ」


高橋亀吉(たかはし・かめきち)経歴(プロフィール)
【1891年~1977年】日本の経済評論家・経済史研究者。民間エコノミストの草分け的存在。叩き上げの経済評論家で、独学で研究をした。新平価解禁派。文化功労者
スポンサーサイト
  1. 2016/12/28(水) 22:23:15|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<恩田陸語録 | ホーム | ニコライ・ブルガーニン語録>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://meigennooukoku.net/tb.php/4209-3db9f149
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)