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秋田雨雀語録

秋田雨雀(童話作家)語録8件


「私は驚くべき軍国主義者で、日本は武力によって世界を征服してしまわなければならないという作文を書いている。私はそれを見せられて顔が赤くなったが、しかしこの時代の日本の青少年は、全国を通じて、大ていこのような軍国主義によって教育されていたようである」


「私は『新思潮』の記者として働いていたが、この雑誌は三月で廃刊になってしまった。私は再び世間の中に放り出されてしまった」


「生活をうるためには私は何かをしなければならなかった。そのためには、物を書いて行くより仕方がなかった」


「私は貧乏をしながら一生懸命に読書をした」


「『若きソビエト・ロシア』は、私にとっては一つの創作活動と思われるほどのものであった。私はこの3年間全く創作の世界から遠ざかっていたが、その間にえた唯一の収穫がこの質朴な一冊の著述であった」


「大きな社会激動の直後に来る芸術が、詩および演劇であることは、ロシア革命の場合によっても証拠だてられているが、震災直後に起こった芸術は、日本では演劇の復興であった」


「自分はあるとき、半生を児童文学のために費やそうと決心したことがあったが、今もなおその決意をすててはいない」


「いや、それどころではない。自分こそいい童話の作者にならなければならないという抱負さえ持っている」


出典『雨雀自伝(著者:秋田雨雀』(新評論者)


秋田雨雀(あきた・うじゃく)経歴(プロフィール)
【1883年~1962年】日本の劇作家・詩人・童話作家・小説家。本名は徳三(とくぞう)。青森県で生まれる。著書:『最近のソビエト・ロシア』『国境の夜 戯曲集』『雨雀自伝』など
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  1. 2016/12/15(木) 23:57:34|
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