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江戸川乱歩語録

江戸川乱歩(小説家)語録14件


「生きるとは妥協すること」


「私は子供のころから、私は私なりの意味で、『異邦人』だと思っていた」


「私が探偵小説の面白味を初めて味わったのは小学3年生のときであったと思う」


「周囲の子供たちと、物の考え方も好き嫌いも、まるで違っているので、いつもハチブにされているような気がしていた」


「これは大人になっても同じことで、社会と交わって行くためには、私は本当の自分を隠して、仮面をかぶって暮らすほかなかった」


「算えて見ると、日露戦争の直前、明治36年に当たる。巌谷小波山人の世界お伽噺の大きな活字に夢中になっているころで、私はまだ新聞を読む力もなかったが、生来小説好きの母は新聞小説を欠かさず読んでいて、私は毎日その話を聞かせてもらうのが一つの楽しみであった」
注釈:巖谷小波(いわや・さざなみ)。作家、児童文学者


「私の自製の年表によると、大正3年算え年21歳の秋(大学2年)第一次欧州大戦勃発の1、2ヵ月後『初めてポー及びドイルを読み、短篇探偵小説の妙味を知る』と書いてある」


「ドイルなどは読むばかりでなく短篇を2つ3つ自分で翻訳して小型の本に製本したのが今でも残っている」


「私が探偵小説を書きはじめるころまでは、大衆文芸という言葉はなかった」


「ドイルは探偵小説史上の巨人であるが、年と共にその巨人性が少しも衰えず、逆に名声が高まって行くように感じられる」


「各国の有識者にして、他の探偵小説は見向きもしないが、ドイルのホームズだけには愛着を感じている人が多い」


「私が書きはじめたのと相前後して、大衆文芸というものが勃興して来たのである」


「その初期の代表的作家は白井喬二氏であった。『大衆』という言葉を発明したのも同氏ではなかったかと思う」


「戦争前の映画検閲は実にきびしいもので、接吻の場面はいかなる場合にも許されなかったし、奇怪な犯罪行為の描写も検閲を通る見込みがなかった」


※出典『探偵小説40年(上)』(講談社)著者:江戸川乱歩
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  1. 2016/12/14(水) 10:45:54|
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