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田中光顕語録

田中光顕(宮内大臣)語録3件


「死すべき時に死し、生べき時に生くるは、英雄豪傑のなすところである」


「佐川というのは、高知から西の方へ約七里ばかり隔った処にある。北に春日山をのぞみ、南に古城山を仰ぎ、西に柳瀬川をひかえ、東は霧生関に接している。大変、風光のよいところで、土佐では京都の面影があるといっている。土佐の川は、概して東南に流れるが、佐川地方のそれは、逆に北西に流れる。そこで逆川(さかさがわ)が訛って、佐川の地名が起こったのだと伝えられている」
出典『維新風雲回顧録』


「私は、何はおいても中岡に会おうと思った。そして、中岡の愚居をたずねた。すると中岡は、『今日の場合、どうしても薩摩と長州を握手させぬことにはいかん。薩摩と長州とが、私怨を忘れて相提携せぬことには、とても倒幕はむずかしい。それで自分は、坂本と共に折角両藩の有志に入説(にゅうぜい)して居る。その為足下(そっか)にも一骨折って貰おうと思って、かくは十津川から招いた次第です』と言った。無論私も大賛成であったので、相談に加わり、中岡に従って、直ちに長州へ下ることになった。これが慶応元年の7月19日のこと、坂本等は京都に踏み止まって、活躍することになった」
出典『維新夜話』



田中光顕(たなか・みつあき)経歴(プロフィール)
【1843年~1939年】日本の武士・土佐藩家老深尾氏家臣、官僚、政治家。宮内大臣。土佐国高岡郡佐川村(現・高知県高岡郡佐川町)に生まれた。幕末の動乱期に、武市半平太の土佐勤王党、中岡慎太郎の陸援隊に参加するなど華々しく活躍した
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  1. 2016/12/08(木) 19:59:15|
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