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平時子語録

平時子語録全1件



「我が身は女なりとも、敵の手にはかかるまじ」
注釈:壇ノ浦の合戦で平家の滅亡を悟った時子は、安徳天皇を抱いて率先して入水。その際に上の言葉を気丈に叫んだとされる。




関連サイト
平清盛関連資料一覧
http://bit.ly/zfxOTL


平時子(たいらの・ときこ)略歴
(1126年~1185年)平清盛の継室。平家一門の精神的な支柱。桓武平氏のうち高望王(たかもちおう)系の平清盛は、平家としては傍流だったため、嫡流の高棟王(たかむねおう)系から平時信の娘・時子を継室に迎えて支配基盤を広げた。清盛には平重盛や平基盛といった前妻との子がいたが、時子も平宗盛、平知盛、平重衡、平徳子を相次いで出産している。また、妹の滋子が後白河上皇とのあいだに出産した憲仁(のりひと)親王(高倉天皇)の乳母でもあった。「二位尼(にいのあま)」の名でも広く知られるが、それは清盛が大病を患った際に清盛に従って出家したあと、徳子の高倉天皇への入内により従二位へ叙せられたことに由来する。その後、嫡男の重盛が早死にし、徳子が皇子の言仁(ときひと)親王・安徳天皇をもうけたことなどから、宗盛を中心に時子の子らが平家一門を支える存在となっていく。最後は壇ノ浦の合戦で敗れ、安徳天皇を抱えて入水する。
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  1. 2012/01/20(金) 17:09:12|
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