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堀文子語録

堀文子(画家)語録5件



「戦火で私の住んでいた東京が焼け野原になり、我が家も、すべてを奪われました。今のように支援物資が届くこともなく、おむすび一つ来ません。その時の日本人には国に頼ろうとする人間などいませんでした。焼け野原の中でまだ使える材木を集め、自分たちの住まいを自分たちで建てたのです。地獄から自力で日本人は立ち上がった」


「私は、人に頼らない人間、自立した人間、理性で自分を支配することのできる人間、そんな人間になって生きようと志を立てました」


「何事であれ、自分の目で見なければ承知できない頑固さが、私を支えてきたのです。人から教わったのでもなく、活字で読むのでもなく、自分の手で触って、見て、嗅いで、感じてみないとわからないのです」


「追い詰められた人間でないと自分の領域を切り開くことができない」


「東日本大震災では、実にたくさんの若者が東北にかけつけ、黙々と被災地で瓦礫処理を手伝い、若い女の子はお年寄りの世話をしていました。天災の多い風土の中で日本人は弱者をいたわる心を育てた。遊行三昧に見られていた若者の心の底に惻隠の情(思いやりの心)が流れていたのを私は見ました。私は日本の未来に希望を持った」



堀文子(ほり・ふみこ)経歴(プロフィール)
日本の画家。多摩美術大学日本画科教授。1918年7月2日、東京市麹町区平河町(現・東京都千代田区麹町)で生まれる。著書:『堀文子の言葉 ひとりで生きる』
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  1. 2016/08/28(日) 07:54:38|
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