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宇喜多秀家語録

宇喜多秀家(戦国武将)語録1件



「両軍駆合(りょうぐんかけあわ)せ、手痛く挑み戦(たたかい)て後、彼我(ひが)の勝負を論ずべし」
意味:1600年、関ヶ原の緒戦が始まった頃、徳川家康方の細川忠興(ただおき)が、石田光成に付く秀家へ、徳川側に付くように勧誘の書状を送った。秀家は返答書の中で、忠興の主張に随一反論。中でも忠興が味方の戦果を書き綴ったことに対して、我らの側の戦果として縷々(るる)書き上げ、この言葉で締めくくった。お互い、いたずらに言葉で連ねても仕方がない。所詮は互いに激突して初めて勝敗が分かるという意味


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宇喜多秀家(うきた・ひでいえ)経歴(プロフィール)
【1572年~1655年】安土桃山時代の武将・大名。豊臣政権下の五大老の一人。通称は備前宰相。戦国大名としての宇喜多氏最後の当主であり、備前美作57万4,000石
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  1. 2016/07/18(月) 08:04:32|
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