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岸信介語録

岸信介語録全5件



「満州の産業開発は、私の描いた作品である。この作品にたいして私はかぎりない愛着を覚える」
注釈:昭和14年に満州を去るにあたって。


「私の政治方針は、汚職、暴力、貧乏の三悪を追放し、外交ではとくにアメリカとの恒久的な協力関係を深めたい。内政では経済の安定と均衡を保つ長期展望にたつ計画のもとで、持続性のある経済の発展による雇用の拡大を実現させたい」


「ならばもう一度政治家となって再建の礎を築こう。大木になるまではむりとしても、苗木になるまでの日本をみたい」
注釈:政界復帰の所信表明。岸は終戦後、A級戦犯の容疑者として巣鴨拘置所に3年間拘置された。不死鳥のごとく政界に復帰した岸は釈放後わずか3年10ヶ月で総理に就任する。


「だまれ、兵隊! なにを言うか。お前みたいなのがいるから、このごろ東條さんは評判が悪いのだ。日本において右向け右、左向け左という力を持っているのは、天皇陛下だけではないか。下がれ!」
注釈:東條内閣の商工大臣をしていたが、東條と意見が対立した。そこに東京憲兵隊長が大臣官舎に押し掛けてきて、軍刀を突き付けながら「東條閣下が右向け右、左向け左と言えば、閣僚はそれに従うべきだはないか。それに反対するとはなにごとか」と言ってきた。それに対してこのように返した。


「デモに参加している人たちは必ずしも自分の意思で参加しているのではない。あれだけの数が集まるのは、日当をもらって出ている人や、背後にだれかがいてそれにおどらされているからだ」
注釈:安保反対のデモについて身内にこのように漏らしていた。


関連サイト
歴代総理大臣語録一覧
http://bit.ly/wBersx


岸信介(きしのぶすけ)経歴(プロフィール)
1896年~1987年(明治29年~昭和62年)内閣総理大臣(第56・57代)山口県生まれ。東大卒業後、農商務省に入り満州の経済化に活躍。戦後A級戦犯容疑で逮捕されるが不起訴。自民党幹事長、首相となり、日米安保条約を締結したのちに退陣。
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  1. 2012/01/05(木) 15:14:29|
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