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柴田勝家語録

柴田勝家(尾張国出身の武将)語録2件



「予が逃げて北ノ庄城に入ったことは戦いの運で、予が憶病だからではないが、敵にわが首を斬られ、予と汝等の妻及び親戚が侮辱を受けることは、わが柴田の名と家の永久の不名誉である。よって直ちにわが腹を切り、敵に発見されざるため、わが体を焼かしめるであろう」
注釈:秀吉との賤ヶ岳の戦いに敗れ、北ノ庄城(福井県)に逃げ帰った。年齢60になる柴田勝家は、広間に家臣たちを集めて、こう述べた


「夏の夜の 夢路はかなき 後の名を 雲井にあげよ 山ほととぎす」
注釈:辞世の句


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柴田勝家(しばた・かついえ)経歴(プロフィール)
【1522年~1583年】戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・大名。勇猛果敢な武将として名高い。尾張国出身。若い頃から織田信長の家臣として仕えた。本能寺の変後、織田家の世継ぎ問題などで秀吉と対立し、賤ヶ岳の戦いに敗れ自害した
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  1. 2014/07/25(金) 21:38:45|
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