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久村清太語録

久村清太(人造絹糸工業の開拓者、実業家)語録全2件



「サラリーマンになるために学校にゆくのではない、科学的研究心を養うためにゆくのだ」
注釈:旧制二高に学んでいる頃の言葉。


「金子さんは借金で事業をおこそうとする。それもよろしい。しかし、儲かるとそれをそのまま投資して、つぎの事業をやる。それもよい。さらにその倍の借金をしてやる。これが失敗の原因であった」
注釈:鈴木商店は昭和2年に倒産する。番頭であった金子直吉の失敗をこう評した。しかし、金子直吉の資金援助の協力を得られたお陰で、東レザー米沢人造絹糸製造所を実験工場として人絹の国産化に先鞭をつけることが出来た。この恩があることから、共同研究者の秦逸三(はた・いつぞう)と共に、金子の長男・文蔵のドイツ留学を工面したと言われる。


参考文献:『久村清太(著者:丹羽文雄)』


関連サイト
トップページ(目次) http://bit.ly/1j4tg4M
名経営者(日本)語録集 http://bit.ly/NElxeK


久村清太(くむら・せいた)経歴(プロフィール)
【1880年~1951年】化学者、人造絹糸工業の開拓者、実業家、帝人会長、国際パルプ工業社長を歴任した。山形県酒田の生まれ。東京帝大工科大学応用化学科卒。
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  1. 2014/06/29(日) 17:26:01|
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