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山田顕義語録

山田顕義語録全4件



「英雄は死す。されど凱旋門は残る。英雄の名声と遺産によって、市民はその豊かさを享受する」
注釈:岩倉使節団に参加した際、パリの凱旋門の前でつぶやいたとされる言葉。(凱旋門はナポレオンが戦勝記念に建設を開始したものであるが、皇帝ナポレオンは凱旋門の完成を見ずにこの世を去っている。)


「欧米諸国の国法と我人民慣習の法とを斟酌し国法の条目を審議し、国法に依り以て国律を確定すべし」
注釈:不平等条約改正の交渉をするのに、日本に憲法も法律もないことが足かせになることを、身をもって経験しているので日本の慣習や文化を踏まえた法律をつくる必要性を力説した。


「軍とは何のためにあるか。帝室を守衛し人民を安全にするためである。しかし他にも、国には法があり律があり、教育の道がある」
注釈:顕義が建白書に書いた一節。この建白書を見た木戸孝允は顕義に軍事から法律の世界へ転身することを強く勧めた。


「生きた。闘った。使命を全うした。人生に悔いはない」
注釈:顕義が良く口にしていた言葉。



関連サイト
幕末の志士語録集
http://bit.ly/zRORdP
偉人のエピソード逸話集 
http://bit.ly/xlkcNu


山田顕義(やまだあきよし)経歴(プロフィール)
1844年~1892年(天保15年~明治25年)長州藩士、政治家、陸軍軍人。初代司法大臣。松下村塾に学ぶ。尊王攘夷運動に参加。戊辰戦争で活躍。岩倉遣外使節団に随行。日本の小ナポレオンといわれ、明治維新期の軍人として新政府に貢献するとともに、新日本の建立者として、近代日本の法典整備に力を尽くした。皇典講究所(現・国学院大学)、日本法律学校(現・日本大学)の設立にも関わる。享年49歳。
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  1. 2011/12/30(金) 22:39:27|
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