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平知盛語録

平知盛語録全2件



「天竺(てんじく)、震旦(しんたん)、そしてわが日本にも並ぶ者なき名将、勇士といえど、運命が尽きてはいかんともしがたい。しかし、名を汚してはならぬ。いまは命惜しみをするときではない。一歩たりとも退く心を持つな。わが願うところは、それだけである!」
注釈:檀ノ浦で最後の決戦を挑むにあたって。


「見るべき程の事をば見つ。今は何をか期(ご)すべき」
訳:見るべきほどのことは、すべて見た。いまは何も心残りなことはない。
注釈:源氏との檀ノ浦の戦いに敗れ、平家一門の武者たちが次々に入水していった。そして幼い安徳天皇を抱えた平時子も海へ沈んだ。すべてを見届けた知盛が最後に口にしたとされる言葉。この後、知盛も乳兄弟の伊賀家長とともに二領の鎧を着て海に入った。



関連サイト
平清盛家系図家系・一門
http://bit.ly/y5JQaG
平清盛関連資料一覧
http://bit.ly/zfxOTL


平知盛(たいらのとももり)略歴
1152年~ 1185年(仁平2年~文治1年)平安時代末期の平家一門の武将。平清盛の四男。母は平時子。同母兄弟に平宗盛、平重衡、建礼門院がいる。官位は従二位行権中納言。世に新中納言と称された。清盛没後、平家首脳陣の一人として辣腕を振るった。寿永3年(1184年)の一の谷の戦い後は関門海峡の彦島を拠点とし、源範頼の軍勢を苦しめたが、総指揮官として臨んだ壇ノ浦の戦いで敗れ、入水した。享年34歳。
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  1. 2011/12/28(水) 21:32:12|
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