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西郷隆盛語録

西郷隆盛語録全9件




「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るものなり。この始末に困る人ならでは、艱難をともにして国家の大業は成し得られぬなり」


「人を相手にせず、天を相手にして、おのれを尽くして人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし」


「己を利するは私、民を利するは公、公なる者は栄えて、私なる者は亡ぶ」


「人は、己に克つを以って成り、己を愛するを以って敗るる」


「官軍もなかなか上手に鉄砲を撃つようになったのう。これで安心でごわず」


「もう、ここらでよか」
注釈:西南戦争に敗れて城山で自刃する時の最後の言葉。別府晋介に首を切らせた。


「天は人も我も同一に愛し給ふゆえ我を愛する心をもって人を愛するなり」


「我が家の遺法、人知るや否や、児孫のために美田を買はず」


「人間がその知恵を働かせるということは、国家や社会のためである。だがそこには人間としての『道』がなければならない。電信を設け、鉄道を敷き、蒸気仕掛けの機械を造る。こういうことは、たしかに耳目を驚かせる。しかし、なぜ電信や鉄道がなくてはならないのか、といった必要の根本を見極めておかなければ、いたずらに開発のための開発に追い込まわされることになる。まして、みだりに外国の盛大を羨んで、利害損得を論じ、家屋の構造から玩具にいたるまで、いちいち外国の真似をして、贅沢の風潮を生じさせ、財産を浪費すれば、国力は疲弊してしまう。それのみならず、人の心も軽薄に流れ、結局は日本そのものが滅んでしまうだろう」



関連サイト
幕末の志士語録集
http://bit.ly/zRORdP
偉人のエピソード逸話集 
http://bit.ly/xlkcNu


西郷隆盛(さいごうたかもり)経歴(プロフィール)
1828年~1877年(文政10年~明治10年) 維新の三傑の一人。通称、吉之助。号は南洲。薩摩藩の下級藩士の出。島津斉彬(なりあきら)の知遇を受け、国事に奔走。第二次長州征伐以後、倒幕運動の指導者となり、薩長同盟に尽力。大総督府参謀として征東軍を指揮して東下、江戸城を無血開城させた。維新後、参議。のち、征韓論の議を唱えたが入れられず下野、西南戦争に敗れて城山で自刃。49歳で没。
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  1. 2011/12/23(金) 02:15:02|
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コメント

わが身を、恥じる

西郷先生の、生き方を見るに、現在の日本国民、又、わが身を恥じます。
  1. 2013/09/05(木) 00:52:25 |
  2. URL |
  3. 齋藤彰一 #cVtx6oRs
  4. [ 編集 ]

Re: 昔は

今よりも生きることに皆真剣だったと思います。特に政治家は文字通り命がけ。中でも西郷さんのように私がないのは本当に立派ですね。

> 西郷先生の、生き方を見るに、現在の日本国民、又、わが身を恥じます。
  1. 2013/09/06(金) 05:05:22 |
  2. URL |
  3. 田宮偉人列伝 #-
  4. [ 編集 ]

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