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米内光政語録

米内光政語録全2件




「勝てる見込みはありません。大体日本の海軍は、米英を向こうにまわして戦争するように建造されておりません。独伊の海軍にいたっては問題になりません」
注釈:昭和14年8月8日の五相(首相、蔵相、外相、陸相、海相)会議で石渡荘太郎蔵相に「日独伊の海軍が英仏ソの海軍と戦って勝算はあるか」と問われて。米内海相はこのように答えた。


「人間と言うものは、いついかなる場合でも、自分の巡り合った境遇をもっとも意義たらしめることが大切だ」


※海軍省で、米内大臣は山本五十六次官、井上成美軍務局長らと一致団結して、陸軍や右翼の横車に頑強な抵抗を試み、帝国海軍を一つひっさげた形で、日独伊三国同盟の締結に徹底的に反対した。




関連サイト
山本五十六(元帥)語録 http://bit.ly/yieTcf
歴代総理大臣語録一覧 http://bit.ly/wBersx
偉人のエピソード逸話集 http://bit.ly/xlkcNu  


米内光政(よないみつまさ)経歴(プロフィール)
1880年~1948年(明治13年~昭和23年)海軍軍人、政治家。内閣総理大臣(37代)。岩手県出身。海軍兵学校、海軍大学校を卒業。日露戦争に従軍。第3艦隊司令長官、第2艦隊司令長官、横須賀鎮守府司令長官などを歴任し、1936年連合艦隊司令長官。翌年林内閣の海相、海軍大将となり、第1次近衛内閣、平沼内閣では留任。1940年1月組閣し首相に就任したが同年7月総辞職。東条退陣後、小磯内閣で海相に復帰。以後、鈴木、東久邇、幣原の各内閣の海相を歴任し、太平洋戦争終結、敗戦処理に尽力した。68歳で没。
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  1. 2011/12/20(火) 10:27:13|
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