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水戸光圀語録

水戸光圀語録全16件




「政治の力を尽くして平素あるべきことを怠らなければ、どうして災厄を恐れる必要があろうか。悪い政治こそ最大の災難である」


「倹約することと『けち』とを取り違えるな。その差異をよくよく認識せよ」


「いつもその日限りと覚悟して生きてきた。屋敷を出るとき、再び戻るとは考えなかった。」


「あればあったで楽しめばよいし、なければないでかまわない」


「人の心というものは、最初に頭に入ったことが容易に変えられず、物事の判断を間違うことになりがちだ」


「浪費のために金を借り、返済できないでいるのは、盗人と同じではないか」


「山野に遊ぶ鹿、鳴く鳥はみなわが友」


「上から良く思われようとばかり考え下を痛めつけてはならない」


「身分や地位にどんなに軽重があろうとも、施政や待遇の上で分け隔てがあってはならない」


「金銭を貸してくれるような町人や百姓に、下心のないものはないぞ」


「武士が教育を身につけなければ、政治は貧困になる」


「人の上に立つ人々が深く考えもせず、甘い生活にうつつを抜かしていると、そのような風潮は、知らず知らず下々に広がってゆく」


「おざなりの情愛は、人にも馬にも害をもたらす」


「敵を討つことなど考えずに和睦せよ」


「史実をありのまま、客観的に叙述すれば、おのずから正当な評価が現れるに違いない」


「古い時代を研究し、どのようにして現在の世が生じてきたかを、明らかにする。そうして改めて、歴史上の事跡を厳しく評価するのだ」



関連サイト
徳川光圀(水戸黄門)の家族・親族・家系
http://bit.ly/H8iF6A


水戸光圀(みとみつくに)経歴(プロフィール)
1628年~1700年(寛永5年~元禄13年)江戸時代の常陸国水戸藩第2代藩主。徳川家康の孫。「水戸黄門」としても知られる。水戸藩初代藩主徳川頼房の三男として水戸城下町柵町の家臣三木仁兵衛之次の屋敷で生まれる。生母は側室久子(久昌院)で家臣谷重則の娘である。藩主時代には寺社改革や殉死の禁止、快風丸建造による蝦夷地(後の石狩国)の探検などを行ったほか、後に『大日本史』と呼ばれる修史事業に着手し、古典研究や文化財の保存活動など数々の文化事業を行った。73歳で没。
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  1. 2011/12/18(日) 17:33:51|
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