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(開戦・終戦時の外務大臣)東郷茂徳語録

(開戦・終戦時の外務大臣)東郷茂徳語録全1件



「交渉では、自分の国の、眼の前の利益を唱える人はいっぱいいる。でも、誰かが相手のことを考えて、長い目で自分の国にとって何が一番よいかを考えなくてはいけない。最後のぎりぎりの時にそれができるのは、相手と直接交渉してきた人なのよ。その人たちが最後に相手に『51』あげることを考えながらがんばり通すことによって、長い目で見て一番お国のためになる仕事ができるのよ」
注釈:茂徳の一人娘のいせが、癌を患い死の床にあった時に、息子の和彦(元欧亜局長)に祖父(茂徳)が外交の仕事で何が一番大切かをこのように語っていたと遺言した。外交ではよく、勝ちすぎてはいけない。勝ちすぎるとしこりが残り、いずれ自国にマイナスになるので、50対50の引き分け、もしくは51対50で勝つのが良いとされる。しかし東郷茂徳の考えは違った。長い目で見れば、相手に一歩譲る方が国益になるというのが外交交渉における哲学であった。

出典:『北方領土交渉秘録』(著者:東郷和彦)


関連サイト
トップページ(目次)http://bit.ly/1j4tg4M
外交官(日本)語録集 http://bit.ly/1b3T5Oz


東郷茂徳(とうごう・しげのり)経歴(プロフィール)
【1882年~1950年】日本の外交官、太平洋戦争開戦時及び終戦時の日本の外務大臣。出生地は鹿児島。欧亜局長や駐ドイツ大使及び駐ソ連大使を歴任。外務大臣兼拓務大臣として日米交渉にあたるが、日米開戦を回避できなかった。また外務大臣兼大東亜大臣として、終戦工作に尽力した。にもかかわらず戦後、開戦時の外相だったがために戦争責任を問われ、A級戦犯として極東国際軍事裁判で禁錮20年の判決を受け、巣鴨拘置所に服役中に病没した。
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  1. 2014/03/12(水) 20:34:30|
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