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出光佐三語録

出光佐三(出光興産創業者)語録全13件



人が事業をつくる。カネは人についてくる
「わが社の資本はカネでなく、人間だ。カネは資本の一部だ。いちばん大切なのは人。人が第一であって、人が事業をつくり、事業がカネをつくる。カネは人についてくる」


「たんなる金儲けを目指すだけでは、真の事業とはいえない。そこには、真も善も美もない。事業も究極においては芸術である。事業には、常に普遍的な国利民福を念願した、また彼岸した真理性が望まれねばならない。出光の事業は、だれが見ても美しからねばならぬ。醜悪なる、たんなる金儲けであってはならぬ」


「何をやるにしても考えて考え抜く。それが私の一生である」


「商売気を離れて油の用意をした。私のお客だけは油不足で仕事を休むようなことはなかった。他の事業会社では油が切れて事業を休んだところが沢山出た。わたしはただお客のために油を用意しただけだ。しかし戦争が済んだら、油は出光にまかせておけということになった。金はもうけなかったが、得意先をもうけさせた」
注釈:実家が破産した後、門司に出て、石油店を開くが、第一次世界大戦が勃発して。


「金は儲けたいが、信用を落としてまで金を儲けることはできない」


「一出光の利益のために、イラン石油の輸入を決行したのではない。そのようなちっぽけな目的のために、50余命の乗組員の命と日章丸を危険にさらしたのではない。横暴な国際石油カルテルの支配に対抗し、消費者に安い石油を提供するために輸入したまでだ」
注釈:昭和28年いわゆる「日章丸事件」が起きたが、当時の日本の石油業界はメジャー(国際石油資本)に支配され、自由を失っていた。そのため、高価で品質の劣る石油製品を押し付けられても拒むことができなかった。だが佐三はこれに真っ向から立ち向かった。しかし、ゆく手をメジャーが阻みつづける。佐三はロサンゼルスからの輸入を妨害されると、つぎにベネズエラなどから輸入したが、これまたメジャーに妨害される。そこで佐三は、イラン石油に目をつけ、ひそかに交渉を進めて石油輸入協定を取り付けた。当時イランとイギリスが紛争中で、タンカーを回航させるには危険が大きい。ところが、佐三は果敢にも日章丸をアバダンに回航させ、多くの危険をくぐり抜け、やっとイラン石油の輸入に成功した。このときの記者会見で語ったのが上の言葉である。


「私は70年にわたって事業を営んできたが、その根底を成したのは終始一貫して人間の尊重、人間本位のやりかたを貫いたことにある。本来、日本人は金銭のためにのみ働くのではなく、どの民族にもみられぬ協和の精神を持っている。この美徳が敗戦によってぶち壊され、今の世の中は金のみがすべてという風潮になり下がっておる。戦争前にもそんな輩(やから)はウヨウヨいたが、そんな連中はしょせん一時の徒花(あだばな)、長く続くものではない。出光が志向したことは、事業人として、また出光人として、この乱れた世の中に清廉の花を咲かす。それを体現することにより、国家社会に大いなる示唆を与えたい・・・自分の一生はそのためにあったようなものです」


馘首(かくしゅ)はならぬ仕事をつくれ
「海外から帰ってくる社員をクビにするだと? 社員は家族だ。そんな薄情なことができるか。仕事がないなら探せばよい。安易に仲間をクビにして残った者だけで生き延びようとするのは卑怯者の選ぶ道だ。みんなで精一杯やって、それでも食っていけなくなったら、みんな一緒に乞食になろうじゃないか」
注釈:終戦直後、焦土と化した東京のどまん中、出光興産の重役会議で大量解雇やむなしの意見が大勢を占めた。出光は戦争で海外の事業は全て失った。海外から引き揚げてくる800人の社員をどう処遇するか、「とても引き取れない」「人員整理が必要だ」という意見が飛びかった。その時60歳の佐三が重い沈黙を破って出たのが上の言葉である。


「君たち、店員をなんと思っておるのか。店員と会社はひとつだ。家計が苦しいからと、家族を追い出すようなことができるか!」


「真面目に働く者が、それに見合う報酬を受けるのは当然の理である。好・不況にかかわらず、社員の生活は保障されねばならない。ぜいたくはいけないが、貧しいのはもっといけない」


「人間社会は人間が支配している。その中で一番大きな働きをするのが、信頼と尊敬で結ばれた、真の和の人間集団の働きだ」


人材を登用する工夫 
「人を頼み難きをいうは人その人を得ざりし所以(ゆえん)にして、人その人を得れば必ずや好結果を得る」


「金や権力、組織の奴隷になるな。学歴や学問、主義の奴隷になるな。自立して国家と国民、人類の幸福のために尽くせ」


関連サイト
出光佐三の秘話、エピソード http://p.tl/coDy
創業者(日本)語録集 http://bit.ly/OcUwdW


出光佐三(いでみつ・さぞう)経歴(プロフィール)
1885年~1981年(明治18年~昭和56年)出光興産創業者。福岡県宗像郡赤間町生まれ。神戸高商卒。神戸の貿易商酒井商会を経て、明治44年、出光商会創業。昭和15年出光興産㈱に改組して社長に就任。昭和41年会長。同年出光美術館開設。95歳で没。著書に「人間尊重50年」「働く人の資本主義」「永遠の日本」他。
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  1. 2013/12/20(金) 21:46:19|
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