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大石内蔵助語録

大石内蔵助語録全2件




「当時の願いはもっともだったが、領内の山には木が少なかった。このまま許可しては、薪の値段が暴騰し、つまりは製塩もできなくなる。わしは願いを受けて、早速に木を植えた。10年たってそれは大きくなった。もう大丈夫だから」
注釈:赤穂の商人たちが内蔵助に製塩の許可を願い出たが、内蔵助は許可を出さなかった。商人たちは失望し内蔵助の悪口を言いあった。それから10年後、内蔵助から急に「製造を許可する」との通達が届く。許可の理由が上の言葉。商人たちは感動し、内蔵助への人望が高まった。


「この内蔵助の望みはただひとつ。怨敵・吉良上野介の首でござる。本懐を遂げる日まで、この内蔵助を信じ、おのおの方の命をお預け願いたい」



関連サイト
偉人のエピソード逸話集
http://bit.ly/xLH35E


大石内蔵助 (おおいしくらのすけ)経歴(プロフィール)
1659年〜1703年(万治2年〜元禄16年)。 赤穂藩浅野家の家老。忠臣蔵の主役として、指導者の理想像に。名は良雄、内蔵助は通称。山鹿素行に軍学を学んだと言われる。1701年藩主浅野長矩が切腹、領地没収となると、家中を統率して浅野家再興を図る。その望みが絶たれた翌年、赤穂義士の首領として、主君浅野長矩の敵・吉良義央を討った。自身は、幕法違反として肥後藩預けとなり、切腹したが、浅野長矩の弟大学が五百石の旗本になっており、浅野家再興は別の形で実現した。44歳で没。
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  1. 2011/12/14(水) 01:00:08|
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