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岩崎小弥太(三菱財閥4代目)語録

岩崎小弥太(三菱財閥4代目)語録全3件




「多くの人は一時の功名心に駆られて急遽の成功を求めた。それ故事業界では権略を弄し詭計を用いる巧みな者が往々に敏腕家として称讃せらるるが、国家の前途を思えば誠に寒心に堪えない」


「我々は大いに競争す可きである。然し私は我々の競争をして量の競争たらしめず寧(むし)ろ質の競争たらしめたい」


「英米人は三菱の昔からの友人であり、それがゆえに、戦争中だとはいえ、彼等の権益と資産に保護をくわえ、戦争が終わったら、再びパートナーとして世界の平和と人類の福祉のためにがんばりたい」
注釈:真珠湾攻撃の成功に浮かれ、鬼畜米英を打倒せよという声が怒涛のように渦巻いている時の発言。明らかに非国民的な発言であるが、小弥太にしてみればあたり前のことを言ったまでのこと。



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偉人のエピソード逸話集
http://bit.ly/xLH35E


岩崎小弥太(いわさきこやた)経歴(プロフィール)
1879年~1945年(明治12年~昭和20年)三菱財閥4代目。8月3日、東京・駿河台に誕生。1900年、東大法科を中退し、英国へ。1902年、ケンブリッジ大学に入学。1906年、帰国。三菱合資副社長に就任。1912年、成蹊実務学校を設立。1916年、4代目社長に就任。1917年、製鉄、造船を分社。19年までに倉庫、商事、鉱業、銀行も分系会社、三菱合資は持株会社に。1923年、丸ノ内ビルヂング完成。1937年、株式会社三菱社に改組。1943年、三菱本社に改称。1945年、三菱本社が解散決議、社長退任。12月2日、66歳で死去。
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  1. 2011/12/10(土) 15:59:06|
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