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バラク・オバマ(米国大統領)演説集(外交編)

バラク・オバマ(米国大統領)演説集(外交編)全5件




外交政策
「残念ながら、かつて米国が誇った強大な影響力は誤った政策と衝動的な戦争行為の犠牲になって衰える一方です。米国はかつてこれほどの力を持ったことはありません。また、これほど国際的な影響力を失ったこともありません」
注釈:シカゴ外交問題評議会での演説(2004年7月12日)


「アメリカ人は自分たちの意志を軍事力だけで全世界に押しつけることができないことを、直感的に理解していると思います」
注釈:新聞「ヒューストン・クロニクル」2006年10月29日


「かつて米国を世界の希望と自由のかがり火となし得た価値観と判断力を取り戻すには、政府首脳部の姿勢と方向を変える必要があります」
注釈:シカゴ外交問題評議会での演説(2004年7月12日)


「アメリカの外交政策が希望的観測や空理空論ではなく、事実と良識に基づいて実行されているという国民の信頼をホワイトハウスと議会の双方が回復させない限り、孤立主義に向かう風潮がさらに増すおそれがあります」
注釈:シカゴ外交問題評議会での演説(2005年11月22日)


「アメリカは孤立主義国家にはなれません。9.11事件は、私たちがどんなに世界の他の地域を無視しようとも、敵がこちらを無視することは絶対にないことをみせつけました」
注釈:演説「イラクの前進」2006年11月20日




関連サイト
オバマ演説集他
政策編 http://bit.ly/wM1Xkx
歴代アメリカ大統領語録一覧 http://bit.ly/OKsvi9


バラク・オバマの経歴・略歴(プロフィール)
1961年~(昭和36年~)アメリカ合衆国第44代大統領。所属政党は民主党。8月4日ハワイ生まれ。父親のバラク・オバマ・シニアはケニアから移住した敬虔なイスラム教徒で、ハワイ大学で経済学を専攻。母親はカンザス出身の白人女性。両親はオバマが2歳の時に別居し、最終的には離婚した。離婚後に父親はハーバード大学で博士号を取得し、ケニアに帰国。母親は再婚して、バラクが6歳の時にバラクを連れてインドネシアに移住。そこで4年間暮らした後、バラクはひとりでハワイに戻り、母親の両親の家で暮らし、1979年に高校を卒業。カリフォルニアのオクシデンタル・カレッジに入学して、二年後にコロンビア大学に移った。政治学の学士号を取得してコロンビア大学を卒業。一年間会社勤めをする。1988年にハーバード・ロ―・スクールに入学。黒人で初めて「ハーバード・ロー・レビュー」(米国で最も権威ある法律学の学術誌)の編集長になった。ロ―・スクールを優秀な成績で卒業。1996年にシカゴのサウス・サイドからイリノイ上院議員に出馬して当選。続けて米国上院議員に当選。史上5人目の黒人の上院議員となった。
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  1. 2011/11/14(月) 23:50:12|
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