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早川徳次(シャープ創業者)語録

早川徳次(シャープ創業者)語録全8件



「私に整理などできる話ではなかった。私は人員の整理をやるくらいなら、むしろ会社が閉ざされる方を選ぶであろう。会社がつぶれても従業員諸君と一連託生ならばもって瞑(めい)すべきではないか」
注釈:経営の合理化(リストラ)を図り、再建をするならばもう一度、融資をしてもよいと銀行が言ってきたことに対して


まねするより、まねされる商品をつくれ
「まねするより、まねされる商品をつくれ。ほかがまねてくれる商品は需要家が望む商品、つまり売れる商品である。だから、いつもほかがまねてくれる商品を出すように心掛けていれば、企業は安定して成長していく」


「私自身について言うなら、よいアイデアの生まれるのは儲からなくて、何とかしようと苦しんでいるときである。だから私は、儲かることをあまり喜んでいない」


「つね平生、よく勉強していて、ほかでできないものをたった一つ発見するなら、その人は成功するだろう」


「常に他より一歩先に新境地を拓かねば、到底事業の成功は望まれない。これは年来の私の信条である。それで私が異常なまでに新しいラジオ機械へ関心を持ったのも、当然といわねばならぬ」


「われらの事業の完成は、決して単なる個人の野心や自己満足だけでいいわけはない。事業の公共性という点から私は事業達成の目標は、よりよくより高い社会への奉仕と感謝の実行であると信じたいのである」


「社会に対してお返しもしない事業をもって、事業は趣味(遊び)ではないなどとは言ってもらいたくない」


「規制された予算どおり実行できる企業があれば、その企業は必ず安定堅実である」



関連サイト
早川徳次の知られざる逸話
http://bit.ly/xnsBVr


早川徳次(はやかわとくじ)経歴(プロフィール)
1893年~1980年(明治26年~昭和55年)シャープ創業者。東京・日本橋生まれ。二歳の時に養子に出され貧困の中で育った。丁稚奉公ののち、かざり職人として独立。大正4年、繰り出し鉛筆シャープペンシルを発明。関東大震災で全てを失い、大正13年大阪で早川金属工業研究所を設立して社長。昭和17年、早川電機工業に社名変更。昭和45年シャープに社名変更し会長。昭和51年、勲二等瑞宝章。86歳で没。著書に「私と事業」

文責 田宮 卓
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  1. 2011/11/08(火) 06:58:24|
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