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浜口梧陵(稲むらの火)語録

浜口梧陵(稲むらの火)語録全2件




「11月四日四ツ時 強震す。海面を眺むるに 海水忽ちに増し、忽ち減ずる事六七尺 其状実に恐るべし。伝え聞く、大震の後往々海嘯(かいしょう)の襲い来るありと。依って村民一統を 八幡境内に立ち退かしめ 終夜巡視せしむ」
注釈:11月4日の東海地震(M8.4)、5日安政東海・南海地震(M8.4)と後世に名付けられた、大津波を伴う大災害が、年の暮れに続けて起きた。
注釈:海嘯(かいしょう)は河口に入る潮波が垂直壁となって河を逆流する現象。潮津波(しおつなみ)とも呼ばれる。


「諸君の自治参政の誠意より、代議員の本分を尽された結果の致す所、十分の気力を具え、国会の開設を待ち、大に志を伸ぶるの日も最早遠からずと存じます」
注釈:県会議長の時の発言


関連サイト
偉人のエピソード逸話集
http://bit.ly/xLH35E


浜口梧陵(はまぐちごりょう)経歴(プロフィール)
1820年~1885年(文政3年~明治18年)実業家。社会事業家。政治家。醤油醸造業を営む濱口儀兵衛家(現・ヤマサ醤油)当主で、七代目濱口儀兵衛を名乗った。津波から村人を救った物語『稲むらの火』のモデルとしても知られる。6月15日紀伊国広村(和歌山県広川町)に生まれる。1852年、広村に稽古場(私塾)を開設する。1854年、安政大地震津波に「稲むらの火」揚げ救援活動。大堤防建設など被災民の救済に尽くす。1868年、紀州藩勘定奉行となる。1879年、国会開設建言の惣代となる。1880年、県議会初代議長となる。1881年、銚子汽船株式会社を設立。1884年、海外渡航に旅立ち米国に渡る。1885年、ニューヨークで客死する。65歳で没。
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  1. 2011/11/05(土) 11:13:32|
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