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野中広務語録

野中広務語録全5件



「地元には部落だからということで差別される現実がある。ならば、自分の出自を知ってくれている地元に帰って、差別をなくすために政治家になろう」
注釈:『差別と日本人』より。野中は大阪鉄道局に就職し異例の昇進をしていたが、周りから「部落の人のくせに」と陰口を叩かれ妬まれた。このことがきっかけとなり野中は郷里の京都に戻り、差別をなくすために政治家を志す。これが野中広務の政治家の原点といえる。


「部落出身者であってもまじめに真剣に働け。それでもなお差別されたら、その時は立ち上がれ」
注釈:『差別と日本人』より。野中の信念。部落民であることで国から優遇され、それに甘んじている間は差別の再生産を生むだけで、決して差別はなくならないというところからこのような信念を持つにいたる。


「河野さんは堪え難い苦痛と、ご家族を含めた大きな犠牲を払われました。そのことはもし私自身がその立場になったとしたら、とても堪えられないことだと思います。私は警察の捜査に立ち入る立場にはないが。一人の人間として、政治家として、本当に慙愧(ざんき)に堪えないし、率直に申し訳なく、お詫び申し上げます。今後、河野さんのこの大きな犠牲を、これからの捜査に生かせるように警察に伝えたい」
注釈:『私は闘う』より。自治大臣兼国家公安委員長に就任した平成6年夏に松本サリン事件が起きた。河野義行さんはサリン事件の被害者でありながら、長野県警に当初容疑者扱いを受け塗炭の苦しみを嘗めていた。次第に「オウムの犯罪」が浮き彫りになったが、警察は捜査の正当性を主張し河野さんに決して謝罪はしなかった。だが野中は率直に河野さんに謝罪をした。この謝罪で河野さんは「ありがとうございました。私はこれで胸につかえたものがすべて溶けました」と野中に語った。


「個人的感情は別として、法案を通すためなら、小沢さんにひれ伏してでも、国会審議にご協力いただきたいと頼むことが、内閣の要にある者の責任だと思っている」
注釈:『老兵は死なず 野中広務 全回顧録』より。小渕内閣の官房長官就任に際してのインタビューで。


「私は政治生活52年、衆議院議員生活20年の中で、政治資金集めのためのパーティ、朝食会を一度も開いたことがありません。やれば見返りを求められるからです。また、他の代議士のように都内に事務所や自宅も持っていません」


関連サイト
浜田幸一語録 http://bit.ly/Vb1qC0
政治家(日本)語録集 http://bit.ly/Pr4POW


野中広務(のなかひろむ)経歴(プロフィール)
日本の政治家。1925年(大正14年)京都府生まれ。大阪鉄道局の職員を経て政治家に転身。京都府船井郡園部町長、京都府副知事、衆議院議員(7期)、自治大臣(第48代)、国家公安委員会委員長(第56代)、内閣官房長官(第63代)、沖縄開発庁長官(第38代)、自由民主党幹事長などを歴任した。
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  1. 2012/11/26(月) 22:50:02|
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