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小林一三(阪急グループ創業者)語録集(仕事編)

小林一三(阪急グループ創業者)語録集(仕事編)全6件



「下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ。そうしたら、誰も君を下足番にしておかぬ」


「サラリーマンに限らず、社会生活において成功するには、その道でエキスパートになる事だ。ある一つの事について、どうしてもその人でなければならないという人間になることだ」


出世の道は信用を得ることである
「第一の条件は正直でなければならぬ。あの人には気を許すことができないと言われるようでは信用は得られぬ。第二の条件は礼儀を知っていることである。粗暴な言辞、荒っぽい動作では、これまた信用を得られない。第3の条件は物事を迅速、正確に処理する能力があるかどうかである。頼まれた仕事を催促されるようでは、やはり信用が得られない」


「人の欠点を探さず、長所を見ることです」


「己を捨てて人の為に働くのが却って向上、昇進の近道である」


情報の素は心掛けである
「北の方に工場を持ってしかも自分の家を北に設けるとはアホなことだ。南に住め。そして大阪の街を見て通るようにしなければ時勢に遅れてしまう」
注釈:司馬遼太郎ほど世の中の動きを敏感にキャッチしている人はいないと言われたが、司馬は英語も数学も物理もできず、外国の文献、雑誌も読まなかった。交友範囲もせまく、官公庁その他にニュースソースも持たなかった。余裕があるのに芦屋の六麓荘を敬遠し、中小企業と小売店の密集する、中河内の八重に住み、毎日午後3時ごろ、一時間かけて散歩するのを常とした。要するに情報も素は心掛けである。



関連サイト
偉人のエピソード逸話集 
http://bit.ly/xLH35E

小林一三語録他
事業編  http://bit.ly/nLLc3k
人生編  http://bit.ly/AEPQWC

小林一三(こばやしいちぞう)経歴(プロフィール)
1873年~1957年(明治6年~昭和32年)阪急グループ創業者。山梨県韮崎(にらさき)町(現・韮崎市)生まれ。慶応義塾卒。三井銀行(現三井住友銀行)を経て箕面(みのお)有馬電気軌道を創立し専務に就任。昭和2年阪急電鉄社長。昭和4年阪急百貨店、昭和7年東京宝塚劇場(のち東宝)を設立。昭和15年商工大臣、昭和20年戦災復興院総裁。84歳で没。著書「私の行き方」「私の生活信条」「小林一三全集」他。
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  1. 2011/10/25(火) 15:46:51|
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