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茂木友三郎語録

茂木友三郎語録 全9件



「窮地を救ったのは醤油の需要と価格政策。事業の整合性が自信を生む」
注釈:米国に新規に工場を建設するも、1973年の石油ショックで大赤字が続いた。しかし茂木には事業計画の整合性に自信があったので気持はブレなかった。


「1973年にアメリカに初めて建てた工場が出荷開始した直後にオイルショックが到来しました。赤字を出して苦労した時期もありましたが、心の底に『醤油は売れる』という確信があったから、割合楽観的に対処できました」


「醤油は国際的なビジネスです。ただし、絶対に安売りをしないという我慢強さがないと成功しません」


「重要なのは、顧客との間に『あの人が断るのなら仕方ない』と思われるような信頼関係を普段から構築しておくこと。お調子者では駄目だし、安請け合いも禁物だ」


「役員の多くが、混ぜ物は作らないという昔からの美学を持っていたんです。いわゆる『天下一品の文化』。しかし、醤油とつゆ・タレでは付加価値が違います。原科の醤油だけを供給していたのでは、生き残れません。そこで私は、調味料メーカーの下請けになるつもりはないと宣言、営業担当役員の反対を押しきって、つゆ・タレを出すことにしたんです。つゆ・タレのメーカーの何社かはうちから醤油を買わなくなりましたが、いちいち気にしていたのでは、こっちも商売が成り立ちません」


「アジアはしょうゆ文化圏ですから、その国の経済力が十分でないうちに、他社の安いしょうゆが市場にあふれるかもしれません。安売り競争をするつもりはまったくありませんから、そのときはアジアと同時に南米に入っていくことも考えています。南米の所得はまだ高くありませんが、肉が主食の地域です。肉としょうゆは相性が良く、期待できます」


「食と健康をグローバルに。これがキッコーマンの事業のコアであり、求心力となる理念です。しかし、これだけでは定義が広すぎますから、M&A(企業の買収・合併)の際には、メインのビジネスとのシナジーがあるかどうかを判断する必要があります。それは私の重要な仕事です」


「私は繰り返し言っているんです。アメリカでつくったビジネスモデルを世界中で展開していかなきゃいけないよ、と。アジアの次にはほとんど手付かずの南米があります。さらにはアフリカもある」


「顧客からの頼みごとを断る際、手紙を出すことで済まそうとするのは失礼だ。直接断りに行かなければならない。テクニックの問題ではない。誠実さが大切であることは、洋の東西を問わない」


関連サイト
偉人のエピソード逸話集 
http://bit.ly/xlkcNu


茂木友三郎(もぎゆうざぶろう)経歴(プロフィール)
昭和10年~(1935年~)2月13日生まれ。キッコーマン株式会社取締役名誉会長。千葉県出身。1958年に慶應義塾大学法学部卒業、一族が経営していた野田醤油(現・キッコーマン)に入社。1961年に米国コロンビア大学経営大学院修了。1977年に海外事業部長。1979年に取締役。1995年に代表取締役社長。
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  1. 2012/06/30(土) 08:25:06|
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