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与謝野晶子語録

与謝野晶子語録全8件



「厭々(いやいや)する労働はかえって人を老衰に導くが、自己の生命の表現として自主的にする労働は、その生命を健康にする」


「才能のある人の間で猛烈な競争をかいくぐってきたたくましさがないと、大きな試合では勝てない」


「人間は何事にせよ、自己に適した一能一芸に深く達してさえおればよろしい」


「創造は過去と現在とを材料としながら新しい未来を発明する能力です」


「夫婦は毎日毎日愛の創作をしているのだ」


「若さの前に不可能もなければ、陰影も無い、それは一切を突破する力であり、一切を明るくする太陽である」


「私たちの夫婦関係は毎日毎日新季蒔直(まきなお)しを試み、毎日毎日以前にない新しい愛の生活を築き上げているのです」


「特別に女子のためとして作られた書物は、全て女子を低能児たらしめる劣等の書である」


関連サイト
与謝野家の家族・親族(家系図)
http://bit.ly/A6EkPk
作家(日本)語録集
http://bit.ly/RC9JWI


与謝野晶子(よさの・あきこ)略歴
1878年~1942年(明治11年~昭和17年))明治時代から昭和時代にかけて活躍した歌人、作家。大阪府堺市(現在の堺区)出身。旧姓は鳳(ほう)。 戸籍名は「志よう」。ペンネームの「晶子」の「晶」はこの「しよう」から取った。実の兄はのちに日本の電気工学の先達者となる鳳秀太郎(ほうひでたろう)。堺女学校卒業。1899年、関西青年文学界に参加。1900年、与謝野鉄幹の東京新詩社に参加し、「明星」誌上に短歌を掲載。鉄幹と恋愛関係となり上京。1901年、「みだれ髪」を発表。同年鉄幹と結婚。その後も日本浪漫主義を代表する歌人として多くの歌集を発表。文化学院の創立への参加、婦人問題・教育問題への積極的発言など短歌以外にも幅広く活躍した。64歳で没。
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  1. 2011/11/30(水) 17:30:27|
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