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三島海雲(カルピス創業者)語録

三島海雲(カルピス創業者)語録全5件




「事業は金がなければできないが、正しい確たる信念で裏づけられた事業には、必ず金は自然に集まってくる」


「人間である限り、欲望を持たぬ者はいない。しかし、その欲望は小さな私欲ではなく、国家や社会に利福をもたらす大きな欲望でなければならない」


「私はカルピスを配ったら広告になるなどという気持ちは微塵もなかった。困った人達を助けたいという、全く純真な、人間としての衝動からだけである。しかしそれが新聞の言うように広告として効果を上げたとしたら、行動に対する天の報酬であったと言うべきであろう。われわれの真心から出た、言わば本能的な行動が、結果として企業にプラスに働いたのである」関東大震災で被災した人にカルピスを無償で配ったら、新聞社から宣伝のためにしていると批判された。それに対する反論である。結果的にこれを機にカルピスの名は日本中に知れわたった。


「初恋の味カルピス」
キャッチフレーズ史上最高の名言とされる。


悪人から学ぶこともある
「大阪高麗橋に『山中』という有名なこっとう屋がある。山中では毎年、目ききの店員を北京に渡らせ、こっとうを仕入れるが、山中の『一句話(イーチュイホウ)』といって有名だった。一句話、つまり高い安いの駆け引きなしに、イエス・ノーで即決するのだ。これはよほど目に自信がなければできないことである」



関連サイト
三島海雲の知られざる逸話
http://bit.ly/wzR9Fl


三島海雲(みしまかいうん)経歴
1878年~1974年(明治11年~昭和49年)カルピス創業者。大阪府豊能郡(とよのぐん)(現箕面市)で貧乏なお寺の子として生まれる。生家は西本願寺派の末寺。1892年小学校を中退。漢学塾で学ぶ、1893年京都の西本願寺文学療に入寮、1899年山口市の開導中学校へ赴任。1901年仏教大学3年に編入。1902年中国に渡り、北京の東文学舎に寄宿。土倉五郎と出会う。1903年北京に日華洋行を設立。1908年内モンゴルで乳酸を知る。1915年中国の事業を手放して帰国。1917年ラクトー株式会社(現カルピス)を設立。1919年カルピスを販売。1922年キャッチフレーズとして、「初恋の味」を初めて新聞広告に使用。1962年三島海雲記念財団を設立。96歳で没。
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  1. 2011/09/22(木) 13:50:59|
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