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伊藤忠兵衛(伊藤忠商事創業者)語録

伊藤忠兵衛(2代目・伊藤忠商事創業者)語録全3件



商人はいかなるときでも嘘をいわぬこと
「長い間に自分が得た商売人としての小さな哲学は、商人はいかなるときでも嘘をいわぬこと、というものである。数字なるものは非常に正直な生きものであるから、一度、嘘をつくと何倍かになって暴れ出す」


「私は、ただ真一文字にすすむ勇気だけは絶やさなかった。あらゆるものを執着せずに手放した。そこから道が拓けたのである」
注釈:第一次世界大戦の好況で飛躍的に事業を拡大するが、その後の恐慌で一転、伊藤忠合名(現・伊藤忠商事)は取引先の相次ぐ倒産で多額の損失を発生させ経営危機に陥った。2代目伊藤忠兵衛は34歳という年齢で、日本一の借金王になってしまった。だが忠兵衛はここが生涯の勝負どころと思い奮い立つ。彼は全財産を投げ出して会社再建に取り組んだ。それは自宅の庭の灯籠や庭石までも売却したほどの徹底ぶりであった。そして忠兵衛は見事に会社の再建を果たす。


「勉学が目的だが、実家の織物の仕事もあるから有名大学をさけて最初ロンドン大学に行った。経済学部で講義を受けたがさっぱり分からぬ。ところが下宿屋へ帰って教科書を読むと大半理解できる。これで私は通学しなくとも勉強できると考え、本ばかり買い入れて商売の方に精を出した。」
注釈:22歳の春、念願かなって英国に留学した。結局、大学で学問は学ばなかったが、忠兵衛を知る人は皆彼を一言でいえば「博覧強記の人」と評した。


注意:2代目の伊藤忠兵衛が実質的な伊藤忠と丸紅の創業者である。



関連サイト
伊藤忠兵衛の知られざる逸話
http://bit.ly/xL9emh


伊藤忠兵衛(いとうちゅうべい)経歴
1886年~1973年(明治19年~昭和48年)伊藤忠商事及び丸紅創業者。滋賀県生まれ。幼名・精一。県立八幡商業卒。明治36年2代目忠兵衛を襲名して家業の綿糸卸商・伊藤本店を継承。大正7年株式会社伊藤忠合名に改組。同年伊藤忠商事設立。このあと富山紡績、呉羽(くれは)紡績らを設立したのち、昭和19年合併統合して大建産業設立。戦後公職追放で引退。86歳で没。著書に「伊藤忠兵衛翁回想録」他。
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  1. 2011/10/23(日) 23:42:05|
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