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岩崎弥太郎(三菱財閥創始者)語録集(教育編)

岩崎弥太郎(三菱財閥創始者)語録集(教育編)全3件




機会は魚のくるのと同じである
「魚は招いて来るものではなく、来るときに向こうから勝手にやって来るものである。だから、魚を獲ろうと思えば、常日頃からちゃんと網の用意をしておかねばならない。人生すべての機会を補足するにも同じことがいえる」



「武士を捨てて商人になりきるのだ」
注釈:当初、三菱商会には旧土佐藩士が多く、それぞれがまだ武士の誇りを捨て切れずにいた。弥太郎は袴の着用を禁じ、前垂れをかけさせ、お客を神様のように丁重に扱うよう全員に諭した。



「得意先の番頭や小僧に頭を下げると思うから悔しくなるのだ。今後はこの扇子を開き、小判に頭を下げると思ってやるがいい」
注釈:士族のプライドを捨てられない者が得意先まわりをすると、頭を下げるのが苦手で苦痛を覚え、時には悔し涙を流す。そんな時、弥太郎は一枚の小判を張りつけた扇子を与えてこのように諭した。


関連サイト
岩崎弥太郎の知られざる逸話
http://bit.ly/z5nMzi

岩崎弥太郎語録他
経営編 http://bit.ly/rngA6X


岩崎弥太郎(いわさきやたろう)経歴(プロフィール)
1834年~1885年(天保5年~明治18年)三菱財閥創始者。土佐(高知県)生まれ。開成長崎商会、九十九(つくも)商会を経て、明治6年三菱商会を設立し海運業に乗り出す。明治7年郵船汽船三菱会社と改称し、国内最大の海運会社となる。明治16年三井系の共同運輸会社と熾烈なる競争を繰り広げて三井財閥と対抗。51歳で他界するが、郵船汽船三菱会社は長男久弥らの手で三菱財閥へと発展した。
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  1. 2011/10/21(金) 20:02:06|
  2. 岩崎弥太郎(三菱財閥創始)語録
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岩崎弥太郎(三菱財閥創始者)語録集(経営編)

岩崎弥太郎(三菱財閥創始者)語録集(経営編)全8件



「俺は七つの海に航路を開き、世界中に三菱の旗をひるがえしてみせる」



「川や海に魚が群れをなしてくることがあるが、機会が訪れるのもそれと同じだ。それっ、魚が集まった、といって網をつくろうとするのでは、間に合わぬ。いつ魚がきても、すぐに捕えられるように、不断に準備をしていて、その場になってまごつかぬようにしておかなければならぬ」
注釈:これが弥太郎の経営哲学、人生哲学そのものといわれる。


「会社の利益はまったく社長の一身に帰し、会社の損失もまた社長の一身に帰すべし」
注釈:弥太郎は、株式会社は株主のものという個人主義の発想に立っていた。英米の資本主義に近い考え方といえる。


「およそ事業をするには、まず人に与えることが必要である。それは、必ず後に大きな利益をもたらすからである」


「小事にあくせくするものは大事ならず。ひとたび着手せし事業は必ず成功を期せ、決して投機的な事業を企つなかれ。国家的観念を持って全ての事業に当たれ、奉公至誠の赤心は寸時も忘るべからず。勤倹身を持し、慈恵人を待つべし。部下を優遇し、事業上の利益は彼らに分与すべし。創業は大胆に、守成には小心なれ」


「ムダをなくすということは、口に出していうのは簡単でも、実行するのは、きわめてむずかしい。これも昔も今も、人々のひとしく悩みとするところである。余分な人員を整理し、ムダな費用を省き、精根を尽くして本社の基礎を固め、相手に負けないだけの体制を築いてこそ、はじめてこちらの勝利が期待できる」


「今、遺言したいことは、使っている社員は三菱の有らん限り一人も暇(ひま)を出してはならぬということだ。また老いて役に立たぬようになっても、必ず食うに困らぬだけの事はしてやらねばならぬ。そうでないと、三菱の事業は末永く繁昌せぬと知るべきである」
注釈:明治18年2月7日、死の直前に弟と息子を呼び遺言を残した。


「自信は成功の秘訣であるが、空想は敗事の原泉である」



関連サイト
岩崎弥太郎の知られざる逸話
http://bit.ly/z5nMzi
岩崎弥太郎語録他
教育編 http://bit.ly/xGMext


岩崎弥太郎(いわさきやたろう)経歴
1834年~1885年(天保5年~明治18年)三菱財閥創始者。土佐(高知県)生まれ。開成長崎商会、九十九(つくも)商会を経て、明治6年三菱商会を設立し海運業に乗り出す。明治7年郵船汽船三菱会社と改称し、国内最大の海運会社となる。明治16年三井系の共同運輸会社と熾烈なる競争を繰り広げて三井財閥と対抗。51歳で他界するが、郵船汽船三菱会社は長男久弥らの手で三菱財閥へと発展した。


  1. 2011/09/05(月) 18:48:03|
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