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小平浪平(日立創業者)語録

小平浪平(日立創業者)語録全3件



発動機を国産技術でつくってみせる
「日本の工業を発展させるためには、それに用いる機械も外国から輸入するのではなく、自主技術、国産技術によって製作するようにしなくてはならない。それこそが日本が発展していく道だ」


「このとおり工場は全焼した。しかし私はあくまでここ(茨城県の助川村)に残る。東京に行きたい者は行け、私はここにとどまって工場を再建し、日立精神を守るのだ」
注釈:大正7年、思わぬ火災で工場が全焼。苦労して築いた足場が一日にして無に帰した。それと同時に巻き起こったのが東京進出論であった。クライアントの本社のほとんどが東京にあり、輸送の便も悪いので「このさい東京に出てさらなる発展をめざそう」という意見が大勢を占めた。ただ一人これに反対したのが小平だった。結局、小平の気魄に押され東京進出論は泡と消えた。


「財閥系ではなく、これといった資本の背景もない。となれば、そのハンディを補うのは、なんとしても国産技術を確立するのだという初心、これこそが日立精神であり、それなくして日立はありえない」



関連サイト
小平浪平の秘話、エピソード
http://bit.ly/wLS8Kk


小平浪平(おだいらなみへい)経歴(プロフィール)
1874年~1951年(明治7年~昭和26年)日立製作所創業者。栃木県下都賀郡中村生まれ。東京帝大工科大学電気科卒。藤田組小坂鉱山、広島水力電気、東京電燈を経て、明治39年1月、久原鉱業所日立鉱山工作課長。明治43年、国産第一号の電動機試作に成功。大正9年、株式会社日立製作所設立で専務に就任し、昭和4年同社社長。77歳で没。
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  1. 2011/11/14(月) 01:06:50|
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