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名言・語録・格言

名言の王国へようこそ

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伊藤潔(川崎汽船)語録

伊藤潔 名言・語録1件
(川崎汽船11代目社長)


「企業のスリム化とは、いいかえればいかに上手に重点投資するかだ。たとえば人間でも、痩せようとして何も食べなければ体力をなくす。企業だって、積極的に重点投資しなければ活発さがなくなるということだ。環境が厳しいいまは、重点投資できるチャンスだと思う」



出典『経営の知恵 トップの戦略』佐藤 悌二郎




【感想・論評・補足】
不況により本業がたちいかなくなると、本業以外のものにも手を出し多角化経営を行うことで耐え抜こうとする企業もあるが、どの分野にも専業でやっている企業がありそこと戦っても勝つのは難しい。多角化経営はかえって経営を圧迫するケースが多い。それよりも選択と集中。錐(きり)で穴をあけるがごとく、得意なもの一点に集中して絞り込む。伊藤が言うようにそこに重点投資した方が効果は絶大だろう



経歴(プロフィール)
■伊藤潔(いとう・きよし)
日本の経営者。川崎汽船株式会社11代目社長。川崎汽船株式会社(かわさききせん)は、日本の大手海運会社である
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  1. 2019/04/21(日) 21:41:44|
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桑原晃弥語録

桑原晃弥 名言・語録6件
(経済・経営ジャーナリスト)


「フェイスブックはハーバード大学の学生寮から生まれ、グーグルはスタンフォード大学の研究室で誕生した。創業者はともに大学を中退し、お金よりも世界をよりよいものにしたいと考えている」


「ザッカーバーグはフェイスブック創業当初から、グーグルに追いつき、追い越すことを大きなステップだと考えてきた」


「一方グーグルも、フェイスブックにあって自社にない魅力を取り組むのに必死だ。たとえばグーグルで『ダイエット』と検索すれば、おびただしい情報が手に入る。だが、ただ一つ検索できないことがある。『こんなダイエットするんだけど、したことある?効果は?』と問いかけて、友人たちから信頼できる答えを集めることだ」


「グーグルが築いた検索の世界をフェイスブックがおびやかすようになった原動力が、こういう『親しい人間たちが集まった群衆の叡智』だった」


「エリック・シュミットも『グーグルは(友人のこと)で失敗した』と認めている」


「そうした反省を踏まえて誕生したのが、2011年に公開された『グーグルプラス』だ」


出典『フェイスブックをつくったザッカーバーグ仕事術』著者:桑原晃弥


経歴(プロフィール)
桑原晃弥(くわばら・てるや) 日本の経済・経営ジャーナリスト。1956年、広島県生まれ。慶應義塾大学卒。業界紙記者、不動産会社、採用コンサルタント会社を経て独立
  1. 2019/04/17(水) 21:45:29|
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奥正之語録

奥正之 名言・語録9件
(三井住友FG会長)


「経済にとって金融は血流である」


「企業の再編交渉は男女の恋の駆け引きに似る」


「江戸時代発祥の『三井』と『住友』という旧財閥の枠を超えた銀行合併は、みずほの3行統合とはまた異質の衝撃をもって世に受け止められた」


「IT(情報技術)との融合を通じ、日本の金融は新たな局面を迎えている」


「あるとき父が私の兄や姉にこう話したという。『この戦争は負ける。が、このことは外で話すな』。教員だった父は、学徒出陣で教え子を送り出さざるをえなくなる。その葛藤は察するに余りある」
注釈:日本が戦争に勝てないことを知っていた国民もいた。ということを教えてくれる貴重な証言である


「上田が米軍による最初の空爆を受けたのは私が生まれた1週間後の、1944年12月9日。本州の地方都市としては早い時期だった。上田飛行場が、特攻に備えた訓練を施す拠点だった。郷土史『上田・小県の昭和史』の記述によると、午後7時すぎ、1機の爆撃機B29が上空に飛来した。投下された焼夷弾は花火のように夜空に散らばり、小県蚕業学校(現上田東高校)を炎で包んだ。学生のいない夜だったのがせめてもの救いだったのか。1945年8月15日の終戦直前まで上田は空襲にさらされた」


「私はのちに世界の古都と呼ばれる数々の街へ足を運ぶ機会に恵まれたが、京都は別格だとつくづく思うのだ」


「『京都は歴史の冷凍庫』。先般亡くなられた梅原猛先生にまったく同意する」


「京都はしばしば閉鎖的と言われるがどうだろう。平安の昔から、激しい人の出入りを包容してきた都である」


出典『日経新聞(私の履歴書)』


経歴(プロフィール)
■奥正之(おく・まさゆき)
日本の銀行家、経営者。1944年12月2日、京都府生まれ。京都大学法学部卒業後、住友銀行入行。三井住友フィナンシャルグループ代表取締役会長。三井住友銀行代表取締役頭取兼最高執行役員。住友財団理事などを歴任
  1. 2019/04/05(金) 20:59:00|
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伊藤歩(金融ジャーナリスト)語録

伊藤歩 名言・語録8件
(金融ジャーナリスト)


「結局人を動かすのは誠意と根気」


「楽天は千葉県市川市と兵庫県川西市の東西2カ所に物流拠点を集約した。いまや市川はアマゾン、楽天、ZOZOタウンの物流拠点が集結する、一大物流都市になっている」


「世界には土地はすべて国家の所有で、国民が所有できるのは建物だけ、という国もあるが、日本は土地も建物も国民の私有財産。国防上の理由で、海岸線沿いや河川敷、国道など、国民が私有できない土地はあるが、それはあくまで例外だ」


「オフィスビルも、マンションも、一戸建ても、建てるための土地がなければ始らない。デベロッパーにとって、用地の取得業務はすべての業務の起点だ」


「不動産の開発業務のなかで最も難易度が高いのは、この用地の取得業務だといっても過言ではない」


「用地取得を担当する部署には、『企画』の名をつけている企業が多く、難易度が高い業務を手掛ける『企画』は花形部署でもある」


「用地取得業務は花形業務だが、その一方でかなり辛い仕事でもある。相当なベテランですら、1年以上も土地が買えない状態が続いてしまうことも珍しくない」


「最も重要なのは、その土地の北側には何があるのか、である。北半球に位置する日本では、南側に高い建物が建つと、その北側の建物の日照条件が変ってしまう」


出典『2016年度版 不動産』産学社


経歴(プロフィール)
■伊藤歩(いとう・あゆみ)
日本の金融ジャーナリスト。1962年神奈川県生まれ。横浜国立大学教育学部卒業。複数のノンバンク、外資系銀行、信用調査機関を経て金融ジャーナリストに
  1. 2019/03/19(火) 22:05:25|
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伊藤雅俊(味の素)語録

伊藤雅俊 名言・語録10件
(味の素12代社長)


「私の会社人生は変わっていると思う。祖業のうま味調味料『味の素』や『ほんだし』の営業に現場で携わったことはない」


「役員になるまでは難局に直面した分野に身を置くことが多かった。冷凍食品、マヨネーズなど」


「人事の希望は一切、言ったことがない。それもあってか11年も同じ部署にいたこともある」


「『上司の言うことを聞かない』と人事台帳に記されていたらしい」


「でもお客様と真剣に向き合い、人が豊かに生きていくために『おいしさとは何か』『お客様は商品に何を求めているのか』を考えるように心がけた」


「お客様の反応が直接わかるマーケティングの醍醐味だ」


「父が休みの日には時折、家族で『おいしいものを食べに行こう』と池袋の洋食店『タカセ』や新宿の豚カツ店『三金』に連れていってくれた。いつでも『お腹いっぱいになるまでどれだけ注文してもいい』と言ってくれる」


「ハンバーグ、エビフライ、ナポリタン。家ではお目にかかれないメニューばかりで、弟と目を輝かせた。ナイフとフォークの使い方もここで教えてもらった」


「今も『三金』の看板を見るとあの頃を思い出す」


「父親の大奮発が私の舌を育ててくれたのは間違いない」


出典『日経新聞(私の履歴書)』


経歴(プロフィール)
■伊藤雅俊(いとう・まさとし)
日本の経営者。味の素株式会社12代目社長。1947年9月12日、東京の中野区で生まれ、練馬区で育つ。慶應義塾大学経済学部卒業
  1. 2019/03/03(日) 21:25:11|
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