名言格言

名言の王国へようこそ

                            【人名検索】調べたい人名で検索できます。収録人数3878。収録語録数20647(2017年3月25日現在)

加賀山之雄語録

加賀山之雄(国鉄2代総裁)語録7件


「私は推理小説を書くつもりで推定する」


「当時国鉄は12万名の人員整理という大問題に4つに組んでいた時であった。人員整理は、むろんのぞましいことではなかった」


「私はおそらく末広旅館の下山氏は替玉だと思う。旅館の人々も下山氏を知っているわけではない。それらしき替玉を使えば容易にごまかせるというものだ」


「私がこの日以来今日まで考え続けていたことは、下山さんは殺されたのだということである」


「私は下山氏の屍体が発見された時直ちに、殺されたな、と直感したことだ」


「しかし、私は下山総裁の死は徒死ではなかったと思う。この事件を契機に国鉄の大整理も漸次進行して無事終了した。そしてこの大整理以後は、今まで組合に押されて来ていたアプレ経営陣も腰を据えて会社の建直しに力を入れ始めた」


「その意味でこの年は日本の経済が立直る契機を作ったエポック・メーキングな年でもあった。だから下山総裁の死は貴重な犠牲であったのであり、そう思うことによって下山総裁も僅かに慰められるところがあるものと密かに思う次第である」


注釈
■1949年7月5日朝、初代国鉄総裁下山定則が出勤途中に失踪、翌7月6日未明に死体となって発見された

事件発生直後から自殺説・他殺説が入り乱れた。1964年7月6日に殺人事件としての、公訴時効が成立し、未解決事件となった

いわゆる「下山事件」は、その後に発生した国鉄関連の「三鷹事件」、「松川事件」とあわせて「国鉄三大ミステリー事件」と呼ばれる

加賀山は他殺説を主張した。他に他殺説を主張した有名人に、作家の松本清張がいる。他殺の根拠、理由の詳細は著書『日本の黒い霧』で述べている


経歴(プロフィール)
■加賀山之雄(かがやま・ゆきお)
【1902年~1970年】日本の鉄道官僚、第2代日本国有鉄道(国鉄)総裁(在任1949年-1951年)。力道山の後援者としても知られ日本プロレス協会理事を務めた。福井県大野郡大野町(現在の大野市)生まれ。東京帝国大学法学部法律学科(英法)卒業
スポンサーサイト
  1. 2017/03/24(金) 22:40:40|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

塩崎恭久語録

塩崎恭久(衆議院議員)語録11件


「改革という言葉を叫ぶだけでは、何も変わらない」


「英国の自然法思想の体現者で、ホイッグ党に属したエドモンド・バーグが定義したように、保守とは良きものを維持するために改革することである。改革すること、それ自体が目的ではない」
出典『日本復活』

■注釈
保守とは、『現状を変えず守ること』と勘違いされるが、そうではない。塩崎が指摘するように、良きものを維持するために改革することである


「日本は死んだ。政治家を10年続けて、私はそう思うようになった」


「戦後長い間、私たちの先輩たちがつくり上げ、そして信じてきた第2次世界大戦後の日本というシステムが死ぬつつある」


「人々は政治に対し、将来のあるべき姿を示すことを求めている。それは、夢といい換えてもいい。政治が夢を語らなくなったことに、今日の日本が抱える問題の本質がある。私は本心からそう思う。夢なしに改革などできるものではない」
出典『日本復活』

■戦後は、国民を飢えさせない。経済復興という目標があったが、経済大国となったいま、塩崎が言うように新たな目標が必要であろう


「しかし、悲観しすぎることはない。それは、2000年以上に及ぶわが国の歴史の中では、ひとつの舞台が終局を迎えたということにすぎないからだ」


「次の舞台を準備し、そして演じるのは私たちの世代の責任であり、権利でもあり、そして楽しみですらあろう」


「今、新たな歴史に直面している私たちにできることは何だろうか。まず、目の前に横たわる日本の死をひとつひとつ検証し、正視することだ」


「国益とは、突き詰めるとそのほとんどが経済的な利益である」


「国民を守る年金や社会保障でさえ、経済が元気でなければ絵に描いた餅にすぎない」


「私たちの住む日本は、今、世界の歴史上まれに見る経済の困難に直面している。これは、まさにベトナム戦争にも匹敵する、国家が戦うべき『戦争』といえる」


■注釈
塩崎といえば、国会議員でも金融政策に群を抜いて精通した政治家である。是非、明確な国家ビジョンを打ち出し、経済成長することで日本を元気にしてほしい



経歴(プロフィール)
■塩崎恭久(しおざき・やすひさ)
日本の政治家。衆議院議員、厚生労働大臣、自民党愛媛県連会長、参議院議員(1期)、衆議院法務委員長、内閣官房長官(第73代)、拉致問題担当大臣等を歴任。1950年11月7日、愛媛県松山市で生まれる。東京大学教養学部教養学科アメリカ科を卒業し、日本銀行へ入行。その後、政治家に転身
  1. 2017/03/22(水) 23:01:22|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

田崎史郎語録

田崎史郎(政治評論家)語録11件


「政治記者の最大の仕事は国家権力の構造を解明することだと思っている」


「国や党の方針を誰がどこで決めたか、理由は何かを取材し、読者、視聴者に届けるのが自分の務め」


「真実を知らなければ、批判することも肯定することもできない」


「時の権力者に肉薄して、何を考えているかを掴む。それをできる限り発信していく、そう心掛けてきた」


「首相執務室は官邸の5階にある。この階と閣議室などがある4階に、記者は立ち入り禁止だ」


「首相執務室は同じフロアにある官房長官室、官房副長官室などとつながっている」


「私は普段、政治家本人に着目して取材している。重要な政策はもちろん取材しているが、それ以上に誰がどう動き、どういう決断をしたか、に関心がある。政治を動かしているのは政治家という人間であると確信している」


「権力を失うきっかけは内部分裂である」
注釈:民主党が政権を失った時は、小沢グループが出ていって、内部分裂した。その前、自民党が政権を失った時は、内部分裂こそしなかったが、安倍総理、福田総理、麻生総理と次々と総理を引きずり落としたと指摘する


「不遇の時にどう付き合うかが大事」
注釈:記者として常に政権に切り込むにはどうすればいいかを聞かれて、こう答えた。田崎自身、安倍総理と親しくなったのは、安倍総理が第一次政権の座から降りた後だという。いい時は、誰でも寄ってくるが、不遇の時は誰も寄り付かない。この時にこそチャンスがあるという


「組織が壊れる時は、組織内に敵を見つけた時である」
注釈:田中派の分裂、竹下派の分裂。その他にも政党の分裂を沢山見てきて感じたこと


「『彼は人柄が良いね』と言われたら、政治家失格を意味する」


経歴(プロフィール)
■田崎史郎(たざき・しろう)
日本の政治評論家。時事通信社解説委員。1950年6月22日、福井県で生まれる。中央大学法学部法律学科卒業。著書:『竹下派死闘の七十日』『政治家失格―なぜ日本の政治はダメなのか』『安倍官邸の正体』など
  1. 2017/03/18(土) 23:49:20|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

秦郁彦語録

秦郁彦(現代史家)語録11件


「歴史家は宮大工たれ、というのが私の持論です」


「宮大工は、細部にこだわりつつ堅牢(けんろう)な建物を組み立てていく」


「私はよく、実証主義的歴史家と言われます。しかし本来、歴史が実証的なのは当たり前で、雨漏りをしない家を建てた大工さんをほめそやすような話です」


「私が実証主義者と言われるのは、そうでない人が少なくないからでしょうか」


「勝った、勝ったのニュースが連日流れる。私は大本営発表を新聞記事で読み、ノートに書き写すようになりました。子供だから、書き写すと記憶に残る」


「戦後、大本営発表はうその代名詞のように言われます。私も書き写していて、疑問に感じることがありました」


「東京裁判で、明治以降80年間の日本近代史の隠されていた部分が一挙に公開されました。それはスリリングな体験でした」


「ただ、東京裁判でも隠し通された部分があると私は感じていました。それを解明し、昭和初年の歴史におよその筋道をつけたいというのが、私が歴史家の道へ踏み出した動機です」


「ついでに、米国も必ずしも戦果を正直に発表していない事実を知りました。自国に不利な情報を出したくない気持ちは、共通の心理なのでしょう」


「日本歴史における最大級の虚構は、『日本紀元2600年』説でしょう」


「最初期の天皇がそろって長命なんです。140歳とか、120歳とか。15代目を過ぎた頃から普通の寿命になるんですね」



経歴(プロフィール)
■秦郁彦(はた・いくひこ)
日本の現代史家。歴史学者。1932年12月12日、山口県防府市で生まれた。東京大学法学部に入学。在学中に元戦犯から満州事変の謀略の実態を聞き出すなど、近現代史の実証的研究を始める。大蔵省に入省。戦後財政史を編纂・執筆
  1. 2017/03/16(木) 10:56:51|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

佐藤勝巳語録

佐藤勝巳語録7件
(現代コリア研究所所長)


「韓国側が、『謝れ』と言うと、日本は必ず謝り続けている。一度として例外はない」


「日米安保は日本の平和を維持するのにひとかたならぬ貢献をしてきた。だが、われわれ自身が負わねばならない責任をアメリカに任せつづけた結果、『自分の国を自分で守る』という意識をわが国の国民から奪いさってしまった」
出典『朝鮮統一の戦慄』


「いま日本は大きな危機に直面している。周辺国から次々と領土要求を突きつけられているからである。具体的には韓国政府からは竹島(たけしま)、中国からは尖閣(せんかく)列島、および沖縄(おきなわ)。台湾も沖縄も自国の領土と主張している」
出典『北朝鮮崩壊と日本(アジア激変を読む)』


「日本に領土要求を突きつける国々には、核武装した国が少なからず存在する」


「こういった状況のなかでわが国はどうすれば生き残れるのか。私は、もちろん日米安保体制は必要だと考える。だが、それ以上に、自らの国を自らの手で守るという意識、具体的な行動こそを急がねばならないと言いたい」
出典『北朝鮮崩壊と日本(アジア激変を読む)』


「かつて『世界の憲兵』であったアメリカは、これからは地域の領土紛争にまでは介入しないし、そんな力ももはやない。自力で解決せねばならない課題なのだ」
出典『北朝鮮崩壊と日本(アジア激変を読む)』


「国際紛争とは、武力を含む国力を背景にせずには解決できない問題だ。周辺国の領土要求が日本に集中する一因は、日本がこうした力を持つことを憲法で放棄し、観念的な平和論で各国に対してその場しのぎの対応に終始してきたことが挙げられる」
出典『北朝鮮崩壊と日本(アジア激変を読む)』


■注釈
領土は国権の象徴である。沖縄まで中国の領土とはド厚かましい。領土の譲歩は次の世代の国民の財産、命を脅かすものであり絶対にしてはいけない。少なくとも謝罪外交は、相手国を付けあがらせるだけで何の解決にもならない。いい加減にやめるべきだろう


経歴(プロフィール)
■佐藤勝巳(さとう・かつみ)
【1929年~ 2013年】日本の評論家、雑誌編集者、人権活動家。現代コリア研究所所長。「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会)」会長を務めた。新潟県で生まれた
  1. 2017/03/14(火) 20:59:08|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ