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名言・語録・格言

名言の王国へようこそ

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真田幸光語録

真田幸光の名言・語録6件
(国際金融経済学者)


「私自身が、世の中に情報を発信する身となってから強く感じることは、世の中に流れている情報そのものは、必ず、その情報を発信する人の意図や思惑、少なくとも、その人の経験や知識といったスクリーンを通して発せられているものであり、それ自体が真理であるか否かは定かではないということです」


「あるいは、ある一定の切り口から見れば、真実であるということも、違う切り口から見ると、真実ではなくなるといったこともあり得るのです」


「ギリシャはヨーロッパ統合のシンボルなのです。ヨーロッパ文明はギリシャから始まりました」


「国債の市場は株式市場の数倍になります。日本だけ比べてもそうです。日本の株式市場の時価総額は300兆円、国債と地方債の発行額は1600兆円になります。日本のGDPは500兆円です。いかに国債の市場が大きいか分かると思います」


「実体経済を計るものさしでいちばん分かりやすいのがGDPだと思います。現在、世界のGDPの合計額が70兆ドルくらいのはずです」


「大航海時代の前でさえ、戦争はぼろ儲けできたのです。ルネッサンスを支えたメディチ家も、もともとは薬商人。薬には弾薬もあります(だから弾薬には『薬』がつく)。十字軍の遠征などに薬と一緒に弾薬を売ってぼろ儲けし、それを種銭に金融業を始め、当時、世界最大の金持ちになるのです」


【出典一覧】
『ドル崩壊、アジア戦争も探る英国王室とハプスブルク家』
『世界の富の99%はハプスブルク家と英国王室が握っている』


【感想・論評・補足】
薬に弾薬もあったとは知らなかった。そうすると火薬も薬なのであろうか


経歴(プロフィール)
■真田幸光(さなだ・ゆきみつ)
日本の国際金融経済学者。専門分野は韓国・台湾・中国・モンゴル・ベトナム・北朝鮮を中心とする東アジア地域経済と国際金融。愛知淑徳大学ビジネス学部・研究科教授。1957年、東京都で生まれる。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、東京銀行(現・三菱UFJ銀行)へ入行した。先祖はなんと、あの戦国武将の真田昌幸(幸村の父親)である
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  1. 2021/03/02(火) 06:39:10|
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安積明子語録

安積明子の名言・語録5件
(政治ジャーナリスト)


「政党を結成するには、数億円かかります。民主党の場合、その資金を提供したのは鳩山家でした。鳩山由紀夫氏と鳩山邦夫氏の母・安子氏が『あなた方で政党を作りなさい』と資金提供を申し出たのです。安子氏は世界的なタイヤメーカーのブリヂストンを創業した石橋家の出身です」


「貸し付けられた資金は数年かけて民主党から鳩山家に返済されましたが、安子氏の資金提供がなければ、民主党は結成されていなかったでしょう」


「選挙区で候補を擁立しないとなると、選挙用はがきの配布やビラやポスターが制限されるので、比例区での闘いに不利益が生じてしまいます。これまで共産党が供託金を没収されることを覚悟で選挙区での独自候補を擁立してきたのは、これゆえです」


「2009(平成21)年9月に発足した民主党政権の功績のひとつに、大臣の記者会見の開放が挙げられるだろう。ただし当初から、全ての省庁の大臣会見が全面的に開放されたわけではない」


「もっとも記者会見の開放に積極的だったのは、亀井静香金融担当大臣だろう。会見参加の資格はほぼ不要で、ハードルはなかったようだ」


【出典一覧】
『野党共闘(泣)』
『“小池”にはまって、さあ大変』
『「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々』


【感想・論評・補足】
記者会見の開放に最も積極的だったのが、亀井静香金融担当大臣で次ぎに積極的だったのが岡田克也外務大臣だったという。官房長官の記者会見にフリーランスが参加出来るようになったのも、民主党政権時。記者会見開放は民主党政権の数少ない功績の一つといえよう


経歴(プロフィール)
■安積明子(あづみ・あきこ)
日本の政治ジャーナリスト。兵庫県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。参院議員の政策担当秘書として勤務の後にフリーに
  1. 2021/02/03(水) 01:10:01|
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池田政次郎語録

池田政次郎の名言・語録2件
(ジャーナリスト)


「豊田市はその昔『挙母(ころも)』といって、奥三河地方におけるマユの集散地として開けた町です。また徳川家康の松平一族発祥の地ともいわれ、昭和10年にトヨタの自動車工場ができるまでは全くの田舎でした。なんでも今の本社工場のある地区は『挙母ヶ原』といって、狐や猪が走り回る不毛の地であったといいます」


「大正9年に石川島造船所入社以来、土光氏は実に『45年間、無遅刻・無欠勤』という、サラリーマンとしては前人未踏の大記録を遺しています。45年間といっても、それはあくまで出勤簿に記されたデータであり、重役になってからの戦中、戦後のドサクサ時代、さらにその後の社長時代をみても、土光氏自身『休んだという記憶はまったくない』というのだから、これはもう化け物じみている」 

【注釈】土光氏とは土光敏夫(石川島造船所社長、東芝社長、経団連会長歴任)のこと



【出典】
『商魂石田退三・土光敏夫・松下幸之助に学ぶ』


【感想・論評・補足】
挙母(ころも)が徳川家康の松平一族発祥の地とは知らなかった。また池田政次郎は土光敏夫の取材もしているので、土光さんのことにも詳しい


経歴(プロフィール)
■池田政次郎(いけだ・せいじろう)
日本のジャーナリスト。経済記者。講談社『週刊現代』ビジネス担当記者。産経新聞客員記者。1941年、高知市で生まれた
  1. 2021/01/17(日) 23:37:22|
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諏内えみ語録

諏内えみの名言・語録8件
(マナー講師)


「『育ち』は、変えられます。変えていいのです」


「『育ち』は、自分でつくるものなのですから」


「『育ち』とは、その方の佇まいのこと。所作やふるまいを、知っているかいないかだけのこと。さらに言えば、『知ろうとしているか、いないか』だけの差にすぎないのです」


「『育ちの良さ』は、良い家に生まれ、そこでしつけられない限り、知ることも、身につけることもできないと多くの方が思い込んでいます。しかし、知ることさえできれば、どなたにでも身につけていただけます」


「『育ちの良さ』とは、一度身につけたら失うことのない一生の財産です。『育ちの良さ』とは、美しさを凌ぐ一生の武器となります」


「レストランや結婚式など、フォーマルな場ではハンドバッグを持つことが女性のたしなみです。ヨーロッパの王室や日本の皇室の女性たちの装いを見ても、公式の場では常に小さなバッグをお持ちになっていることがわかります」


「ホテルマンは、時計や靴でお客様のランクを判断すると言われていますね。実際、私がインタビューした何名かのホテルマンも同様のお答えでした。チェックイン時には、きちんとジャケットくらいは羽織っていたいものですね」


「ナイフを置くときは、刃は必ず内側に向けます。ヨーロッパではナイフの刃を外側に向けるのは、何よりも失礼に取られます。また、食事が終わったあとはフォークを仰向けにするなど、基本的なことをわかっていない方も意外と多いので、基本マナーはしっかり心得ておきましょう」


【出典】
『「育ちがいい人」だけが知っていること』


【感想・論評・補足】
育ちの良さは変えられる。知ることが出来れば、身につけることが出来る。なんと勇気づけられる言葉であろう


経歴(プロフィール)
■諏内えみ(すない・えみ)
「マナースクール ライビウム」代表。上場企業トップ陣のメディアトレーニングや、VIPアテンダント養成などの指導を経て、「マナースクール ライビウム」を設立した
  1. 2021/01/15(金) 21:43:20|
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川上徹也語録

川上徹也の名言・語録5件
(松下電器副社長、財務担当CFO)


「松下幸之助創業者の大切な教えの一つに『経営はお金だ』という考え方がある」


「創業者は常に、『お金大事』の経営を説いた。現代風に言えば、それは会計上の『利益』ではなく、実際に手元にある『キャッシュ(現金)』を大切にする経営の意味だ。今でいう『キャッシュフロー経営』を、創業者はとっくの昔から実践していたのだ」


「創業者は『経営はお金』と言われた。いつの時代でも、経営の軸はB/S(バランスシート)でなければならない。資金を貯めるには多大の労力と長い時間がかかるが、使うのはあっという間である。グローバル経営に欠かせないM&Aなどを実行する時の買収のやり方、売却の方法など、企業内にそうした力を養っておかないといけない。トップがお金の価値を改めて再認識して、キャッシュフロー最大化に向け、戦略立案を図ることが大切である」


「1960年代後半から1973年まで、松下は日本の高度経済成長とともに成長を続け、その後も右肩上がりに業績を伸ばし続けた。1980年代後半からは、家庭用ビデオという『お化け商品』が登場した。またいわゆる『VHS』対『ベータマックス』の規格戦争で松下が採用するVHSが勝利し、15年間で約10兆円以上の売り上げと2兆円以上の利益を稼ぎ出した。これ以上の商品は、それまでの家電製品にはなかったし、これからも出てこないだろう」


「創業者の『不況克服の心得』を、2001年大赤字になったころよく読んだ。この教えを思い出し、何度もくじけそうになる心を奮い立たせたと記憶している」


【出典】
『女房役の心得 松下幸之助お金の『教科書』日本経済出版社


【感想・論評・補足】
松下幸之助はバランスシートを見ると、担当者に『現金はいくら増えたのか?』と追求。売り上げや利益が増えても満足せず、キャッシュフローという本質に焦点をあて、常に現金回収・現金支払いの原則に徹底的にこだわり続けたという。また家電の黄金期は昭和30年代である。昭和50年代は成熟産業とも言われたが、家庭用ビデオが空前の『お化け商品』だったとは意外である


経歴(プロフィール)
■川上徹也(かわかみ・てつや)
松下電器産業副社長。財務担当役員(CFO)。松下経理大学(現パナソニック株式会社経理大学)学長。日本CFO協会理事。財団法人松下政経塾監事。1965年4月、松下電器産業株式会社(現パナソニック株式会社)に入社
  1. 2021/01/09(土) 23:35:20|
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