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名言・語録・格言

名言の王国へようこそ

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村橋勝子語録

村橋勝子 名言・語録9件
(社史の研究者)


「社史を調べて見てつくづく感じ入るのは、明治時代の企業家や、第2次世界大戦後の焼け跡から会社を興した人々の志の高さである」


「特に、明治期に創業した人々の多くは20代の若さであった。彼らは、国を近代化するため、人々が豊かで幸せになるために、事業を興している」


「私たちは、それらの人々の遺産で食いつなぎ、生きてきたのではないかとさえ思ってしまう」


「『本格社史』は、その会社に関心を持っている人が、より詳しい情報を求めてひもとくものであるから、会社の経営戦略・意志決定のプロセスとその結果がよくわかることが重要である」


「史料・文献によって事実の考証に正確を期し、資料性・記録性を重視して、会社の歩みを詳細かつ客観的に記述しなければならない」


「その社史がよい社史かどうかを見きわめるには『編集後記』を見るとよい」


「日本セメント『百年史』(1983年)の『あとがき』は、簡潔ながら方針、編集体制、社史の構成、スケジュールなどがわかりやすく書いてある。わずか3年で効率よく『百年史』を仕上げた様子が推察できる」 


「『三菱商事社史』(1986年)の『編集後記』は、5ページにわたって詳細に記してある。前半には社史の本質や同社の略史を、後半には、準備段階から始まって、社史編纂の具体的な方法やスケジュールを記してある。『社史は(個人ではなく)会社がつくるものである』という田中完三(元社長)の言葉を踏まえ、社の総力をあげて編纂した様子がよく伝わる」


「『朝日生命百年史』(1990年)の『あとがき』も、5ページにわたって編纂過程が詳細に記してある。特に、後世の批判に耐えうる経営史的社史を意図しつつ、社内で執筆したその方法や検討内容が、読者を圧倒する」


※出典『社史の研究』


経歴(プロフィール)
■村橋勝子(むらはし・かつこ)
日本の研究者。社史に関する研究では日本国内の第一人者。経済団体連合会(経団連)図書館部調査役、年史グループ長、情報メディアグループ長を歴任。(2001年~2012年)大妻女子大学非常勤講師を兼任
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  1. 2019/06/16(日) 23:32:46|
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上阪徹語録

上阪徹 名言・語録7件
(ライター)


「これまで3000人以上の成功者たちにインタビューをしてきた経験から、私は仕事というものについて、ひとつの考えを持つに至っていた。『誰かの役に立つことを仕事という』」


「それが本来の姿である。ところが、その本来の目的を、仕事は逸脱してしまうことがある。会社のためや上司のため、自分のために仕事をしてしまったり」


「本来の仕事の目的は、誰か=顧客の役に立つことにある。もっといえば、広く社会の役に立つことだ」


「報酬を払ってくれる人であり、仕事を受け入れてくれる人に対して、正しい仕事ができるか。それこそが重要だということを、私は多くの成功者に取材で教わった」


「ビジネスをしている人は、誰でも成功したい、事業を伸ばしたいと思っている。しかし、ただ思っているだけでは、うまくいかない」


「うまくいっている人は、想像をはるかに超えたレベルで、思いを持ち、それを行動に落とし込んでいるのだ」


「誰かに語れるほどの思いやこだわりがあるかどうか。人が驚くほどのものになっているかどうか。成功するためには、それこそが問われるのだ。うまくいくには、きちんとそれなりの理由が必要なのである」


出典『成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか?』


経歴(プロフィール)
■上阪徹(うえさか・とおる)
日本のライター。1966年、兵庫県で生まれる。兵庫県立豊岡高校卒業。早稲田大学商学部卒業。アパレルメーカーのワールド、リクルート・グループなどを経て、1994年よりフリーランスに
  1. 2019/06/12(水) 20:37:16|
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牧尾英二語録

牧尾英二 名言・語録8件
(A‐Z創業者)


「リピート率と買上点数が生命線」


「お客様のリピート率を高くしなければ、小商圏ではAZのような大型店舗の経営は成り立ちません。私たちがもっとも恐れているのは、お客様の数が減ること、リピート率が落ちることです」


「週1回よりも2回、2回よりも3回、3回よりも4回と来店していただくことが、私どもの経営の生命線です。そして、1回あたりの買い物の買上点数を増やしていくことが課題です」


「そのために、地域のお客様が必要とされる生活必需品がワンストップで購入できるフルラインの品揃えと低価格を、徹底したコストの削減によって実現しました」


「私どもは、AZで買い物をしていただければ生活費を8~10%節約できるよう常に努力しています」


「回転率の悪い商品でも品揃えをしていくことによって、AZに行けば必要なものが何でも揃うという、お客様からの信頼感を得ることができました」


「年中無休24時間営業によって、必要なものをいつでも買うことができるという安心感を、お客様に感じていただくことができました」


「こうしたことの積み重ねが、地域のお客様からの支持につながり、高いリピート率となって表われているのだと思います」


出典『利益第二主義』


経歴(プロフィール)
■牧尾英二(まきお・えいじ)
日本の実業家。年中無休・24時間営業のお店、A‐Zスーパーセンター(A-Zあくね、A-Zはやと、A-Zかわなべ等)創業者。1941年、鹿児島県阿久根市に生まれる
  1. 2019/06/08(土) 22:41:09|
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津村昭語録

津村昭 名言・語録8件
(ツムラ3代目社長)


「本当の経営とは経験と熟練、信頼と統率に落ちつくのではないか、と確信しました」


「しかも、経営は模倣ではなく、創造性が求められる」


「絵でも音楽でも、この程度でいいと思った時、芸術としての進歩がなくなります。それと同じように、経営も一日として安住することなく、たえず『どうするか』を考えなければ、創造性も生まれないし、進歩も止まってしまいます。この程度でいいとか、驕りの気持を持ったら、そこで駄目になってしまいます」


「世はまさに変化の時代であります。内外の情勢は、ますますきびしさを増し、変化に富んできました」


「変化の時代に、内外の環境変化に適応できなければ、企業も人も生き残ることはできません」


「昔の成功体験を持っている人は、それを頭の中から追い出さなければ、いまの時代に対応できません。昨日の成功の経験は、今日の失敗の原因にもなりかねない。というくらいにシビアに考え、頭をやわらかくする必要があると思います」


「本当の優良企業とは、新しいことを実験し、工夫し、挑戦し、もがき苦しんでいる健全な赤字部門を持っている会社である、といえます。企業にとっての未来とは、そういう戦慄的なものであると思います」


「社名を『株式会社津村順天堂』から『株式会社ツムラ』に変更したのは、昭和63年10月1日。これは4年後に迎える創業100周年へ向けての、企業としての新たな決意を示すものでした」


※出典『ツムラ・革新しつづける老舗の挑戦』著者:中江克己
  1. 2019/05/26(日) 23:29:16|
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板垣英憲語録

板垣英憲 名言・語録8件
(ジャーナリスト)


「『損益分岐点』という言葉がある。利益と費用が一致し、利益も損失もない時点での売上高のことをいう」


「この分岐点をいかにして超えるかが、企業経営の基本であり、店主や経営者に課せられた最大の使命であるともいえる」


「商人にとって、在庫管理の上手・下手は死活問題に直結する。在庫を大量に抱えて売れなければ収益は悪化し、品切れが続けば、お客様を逃してしまい、収益を減らす。お客様のニーズをどう把握するか、市場動向からかたときも目を離せないのである」


「京都の商家では、かつて時の権力者から店の『間口の大きさ』に応じて税の多寡を決められた時代があり、間口を極力狭く、奥行きを深くして、税を多く徴収されないように知恵を使っていた」


「いまもその名残があり、信用のおける店であるかどうかは、店構えの大きさや見栄えだけでは決まらない。間口の狭い老舗の伝統に支えられた名品が売られている例は、少なくない。品の良し悪しは、見かけだけではわからないのである」


「日本で一番古い企業は『金剛組(こんごうぐみ)』である。飛鳥時代の578年、聖徳太子の命を受けて百済の国から招かれた3人の工匠の一人・金剛重光によって創業された。以来、四天王寺の宮大工として1400年以上の歴史を持っている。この伝統の上に近代的なコンクリート製の神社を建てている」


「A-Zという店名は、AからZまで何でも揃う店という社長の哲学に基づいている」


「昔の旅籠(はたご)では、お客様の履いている靴を見て、宿泊に応じるか、応じないかを判断していたという話も残っている」


※出典『松下幸之助「商売戦術30ヶ条」』


経歴(プロフィール)
■板垣英憲(いたがき・えいけん)
日本の政治評論家、ジャーナリスト。本名は「ひでのり」。1946年8月7日、広島県呉市で生まれる。中央大学法学部卒業。毎日新聞の記者となる。1985年、評論家として独立
  1. 2019/05/17(金) 22:07:08|
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