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                            【人名検索】調べたい人名で検索できます。収録人数3906。収録語録数20964(2017年6月24日現在)

田脇宗城語録

田脇宗城語録13件
(不動産コンサルタント)


「サラリーマンが株で一財産をつくろうとするのは、まるで戦場に武器を持たずに向かうようなものです」


「サラリーマンが株やFXにハマってしまうと、仕事中でもそのことで頭がいっぱいになってしまいます。会議中なのにスマートフォンとにらめっこ。本人は気づかれていないと思っているようですが、はたから見たら分かるものです」


「株やFX、アフィリエイトや個人ネット通販も『この世界に骨を埋める』くらいの気概がなければ勝ち抜いていけません」


「アパート経営が株やFXと違う大きな点は、不動産は価値がゼロになることはなく、またそのもの自体が安定して利益を生むということです」


「ローリスクで安定収入。なんといってもこれがアパート経営の魅力です」


「アパート経営は、入居者を確定してしまえば、あとは毎月家賃がほぼ自動的に入ってきます。ほかの事業のように『お客さんが来ない月は収入ゼロ』ということはありません」


「アパート経営には絶対に失敗しない成功の法則が存在します」


「アパート経営は立地ビジネス」


「『高額な東京圏の土地はリスク大』ではなく、『低額な地方の土地こそリスク大』なのです」


「アパート経営において一番のリスクは空室です」


「アパート経営は、一定数の空室が出なければ必ず利益が出るように計画してスタートします。したがって成功のカギは、何より空室を出さないことです。ですから、入居率には常に目を配っていなければなりません」


「入居率を上げる方法は入居者満足度を高めること」


「マンションは建物ではなく『管理体制を買え』という言葉があるくらい集合住宅において管理は重要です」


※参考文献
「サラリーマンが30代から『アパート経営』で年収を300万円以上増やす方法」


■注釈
サラリーマンで副収入を稼ごうと思うと、株やFXや不動産投資が定番であるが、銀行がお金を貸してくれるのは不動産投資だけである。株やFXをするのにお金を貸してくれる銀行はないだろう。つまり、不動産投資は投資と呼ばれるが事業性が強い投資といえる。計画をしっかり立てて、投資をすれば確実に利益を生み出すビジネスといえる。ではどのような計画を立てれば、利益を生むのか? その成功法を細かく伝授しているのが、田脇の著書『サラリーマンが30代から『アパート経営』で年収を300万円以上増やす方法』である



経歴(プロフィール)
■田脇宗城(たわき・そうじょう)
日本の不動産コンサルタント、経営者。株式会社アメニティジョイハウス 代表取締役社長。東京都、千葉県を中心に土地選びからアパートの施工、賃貸管理まで一括した、ローコスと&ローリスクのアパート経営を提案している。会社のホームページが口コミで反響を呼び、サラリーマンを中心としたアパート経営による資産形成の相談が絶えない。1974年生まれ
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  1. 2017/06/19(月) 22:20:56|
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荒木和博語録

荒木和博(評論家)語録4件


「ひと言で言えば社会党は北朝鮮に利用され、捨てられたと言っていいだろう。とくに1970年代初め、それまで友党関係にあった日本共産党と朝鮮労働党の関係が冷却化すると、北朝鮮はそれに代わる代弁者を探した」


「1970年代と1980年代、日本社会党は文字どおり北朝鮮の走狗(そうく)だった。自民党よりはるかに安いコストで動く社会党は、北朝鮮にとっては極めて使いやすい存在だったのだろう」


「社会党は1990年9月のいわゆる『金丸・田辺訪朝団』の橋渡しをし、北朝鮮側が自民党に乗り換えるまで、約20年にわたって朝鮮労働党のもっとも忠実な代弁者としてふるまってきた」


「2002年9月17日に小泉訪朝で金正日が拉致を認めるまで、積極的か消極的かは別として拉致問題解決への動きには終始抵抗してきた」


※出典『北朝鮮利権の真相』(野村旗守)


■注釈
日本の対北朝鮮外交は、2002年に小泉首相が訪朝することで、180度変わった。国防委員長の金正日(キム・ジョンイル)が「日本人を拉致した事実を認め、謝罪した」。その後、小泉首相は『拉致問題の解決なしに国交正常化なし』と断言した。この瞬間、北朝鮮の利権にあった政治家は何も言えなくなった。それまで朝鮮総連も交渉で『拉致』の話をしようものなら、『拉致はデッチあげ、そんな事実はない』と言って、席を立つこともあったが、大嘘であることが明るみになった。それ以降、こういった発言はなくなった。この一点を見ても、小泉訪朝は大きな意味があったといえよう


経歴(プロフィール)
■荒木和博(あらき・かずひろ)
日本の評論家、政治活動家。拓殖大学海外事情研究所教授、特定失踪者問題調査会代表。1956年8月8日、東京で生まれる。デビュー作 『愛し哀しき韓国よ!』。他著作『北朝鮮崩壊、日本大混乱 シミュレーションと提言』『在日韓国・朝鮮人の参政権要求を糺す 「外国人参政権」という名の虚構』『内なる敵をのりこえて、戦う日本へ』など多数
  1. 2017/06/17(土) 22:15:49|
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柳家権太楼語録

柳家権太楼(3代目)語録11件


「奇席ってえのは、あたしたち噺家(はなしか)の本拠地です」


「奇席で育った噺家が、奇席に恩返しをするのは当然のこと」


「あたしの落語の原点は、生まれ育った滝野川の町と住人たちです」


「東京都北区。今は静かな住宅街だけど、1950年代には、落語に出てくるような棟割り長屋があちこちにありました」


「東京・滝野川での小学校時代。あたしは落語より先に踊りを習い始めました」


「その稽古場の3軒先の娘が同級生で、後に浪曲師イエス玉川のかみさんになった」


「女優の倍賞美津子さんは小中学校とも一緒だった。友達は『かわいい子だ』と騒いでたけど、あたしにとってはガキの頃の遊び仲間ですよ」


「そんな環境で育ったら、落語しゃべるなんて特別でも何でもないことです」


「高校2年の文化祭。クラス対抗の出し物がなかなか決まらなかった。『先生、僕が落語やりましょうか?』『お前落語できるのか。やってみろ』」


「教壇に座布団敷いて、談志そっくりの『うそつき弥次郎』を演じたらバカウケ。クラス対抗は優勝でした。あたしはその時初めて気がつきました。『落語って、みんなができるわけじゃないんだ!』


「志望校は立教。池袋は地元だし、野球が強くて、学生がおしゃれ。あこがれの大学でした。でも、立教の試験問題と意見が合わず、2度も受験に失敗。結局明治学院に入りました」



経歴(プロフィール)
■3代目柳家権太楼(やなぎや・ごんたろう)
日本の落語家。出囃子は『金比羅』。 現在の落語界を代表する爆笑派。十八番の『代書屋』で知られる。一般社団法人落語協会監事。本名は梅原健治(うめはら・けんじ)。1947年1月24日生まれ。東京都北区出身。明治学院大学法学部卒業
  1. 2017/06/17(土) 09:06:06|
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野村旗守語録

野村旗守(ジャーナリスト)語録6件


「1990年代も後半に入ると、北朝鮮経済の逼迫はいよいよ断末魔の様相を呈してきた」


「とくに外貨不足は深刻で、中国やロシアから燃料や食糧を輸入できず、戦車は動かず、人民は餓死するというありさまだった」


「北朝鮮の対日政策がガラリと変わったのは、1990年9月の金丸訪朝団以降である」


「経済の逼迫により背に腹をかえられなくなった北朝鮮は、対日外交を徹底したリアリズムの方針に切り替えた。すなわち交渉相手を、同じく左翼イデオロギーを持ち友党関係にあったはずの日本社会党から、政権与党である自民党に乗り換えたのである」


「北朝鮮の狙いは、ズバリ、『マネー』だった。どんなかたちでもいいから一刻も早く日本の経済援助を引き出し、自国の経済を建て直したい。そのために、北朝鮮側がバラ撒いた『エサ』が利権である。効果は絶大だった」


「品格のない政治家たちが国益を忘れてこれに飛びついた。金丸以降も、日本政界の実力者たちがこぞって国交正常化交渉に動いた。1990年代は日朝関係が異常なほど急接近した10年だった」


※出典『北朝鮮の真相』


■注釈
北朝鮮の利権に群がったのは旧社会党やそれに類する左翼の人たちだけでなく、自民党の大物政治家の中にもいた。どういう人物が、どのような利権に群がったかを詳しく書いているのが、『北朝鮮の真相』である。北朝鮮の利権は、2002年に小泉首相が訪朝するまで続いたとされる。北朝鮮の利権を断ち切ったことは、小泉訪朝の大きな成果の一つといっていいだろう


経歴(プロフィール)
■野村旗守(のむら・はたる)
日本のジャーナリスト。朝鮮半島に詳しい。1963年生まれ。埼玉県出身。立教大学文学部史学科卒業。外国人向け雑誌の編集者を経て、フリージャーナリストとして独立。著書に『北朝鮮の真相』『北朝鮮送金疑惑―解明・日朝秘密資金ルート』などがある
  1. 2017/06/14(水) 11:58:03|
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小林一博語録

小林一博(ジャーナリスト)語録7件


「自民党は、野党を丸め込むために、普段から飲み食いさせ、贈り物攻勢をかけ、ときには麻雀に負けたふりをして現金まで配った。このための費用は内閣官房の機密費から実におうように流用された」


「社会党はそれまでも北朝鮮のテロや日本人拉致をムキになって否定し、北朝鮮の代弁者を務めてきた」


「社会党は、朝鮮戦争のあとから、『日朝の唯一のパイプ』を自称してきた。しかし、実態は北朝鮮の言いなりになっただけだった」


「金日成、金正日親子が、起死回生の策として考えたのが、核兵器と弾道ミサイルという大量破壊兵器の開発だ。それに巨額の資金を必要とする」


「ここから北朝鮮は、社会党一辺倒だった対日窓口を自民党に切り替える。ソウル五輪のあった1988年ごろのことだった」


「万年野党の社会党は、国会の内外で北朝鮮の代弁役を務め、北朝鮮に不利な政策を牽制するには役立ったが、政府から巨額の『カネ』を引き出す力量はない」


「田辺は、北朝鮮の了解を取ったうえで、『日本が唯一国交のない北朝鮮との硬直した関係を打開するのはあんたしかいない』と、金丸を口説いた」


出典『北朝鮮利権の真相』(宝島社)


■注釈
1990年9月、元副総理の金丸を団長として、田辺誠(日本社会党)らは北朝鮮を訪問した。金丸と金日成は、日本語を用いて差しで対談を行った。しかしやり取りが文書として残っていないため、一体何を話したのかは謎のままである。自民党の実力者であった金丸が訪朝するまでの経緯が、『北朝鮮利権の真相』を読むとよく分かる。金丸と田辺の関係は、家族ぐるみの付き合いであったことを、金丸は著書『立ち技寝技(私の履歴書)』で書いている


経歴(プロフィール)
■小林一博(こばやし・かずひろ)
日本のジャーナリスト。朝鮮半島の専門家。東京新聞論説委員。1940年、北朝鮮で生まれる。早稲田大学第一法学部卒業。中日新聞社(東京新聞)入社。大垣支局、川崎支局、社会部などを経て、政治部で首相官邸、自民党、防衛庁などを担当。この間、ソウル特派員を2回。初めての南北離散家族再会、板門店での南北会談などを取材。1991年に論説委員。政治、朝鮮半島を担当
  1. 2017/06/12(月) 21:54:57|
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